義父は、すぐにユリの居場所を突き止めて、脅迫めいた言葉で帰ってくるように命じましたが、僕が出て行って、あなたが彼女に暴力を振るっていたことを警察に通報する、と言い返すと、音沙汰はなくなりました。

ユリは学費の問題を気にしていましたが、大学側から催促はなかったので、普段どおり僕のアパートから大学に通っていきました。


最初は得意になっていました。僕はユリの救世主なのだ、そしてこれが彼女の幸せなのだ、と信じて疑わなかったからです。ユリの瞳に、光が宿りました。その様子はとてもきれいで、僕はユリをモデルに絵を描きながら、どうしてもその瞳の美しさをカンバスに写すことができないので、落ち込みを感じるほどでした。彼女は、そう、本当にきれいでした。そして、二人とも大学から帰ってきて一緒に語らうときなど、ユリは痛くない愛を初めて知って幸せだと言ってくれました。そしてそんな夜は決まって、僕たちは結ばれました。僕は自尊心をくすぐられながら、ユリは、たぶん、暴力から解放された喜びをかみしめながら。


しかし、一緒に暮らしてみて、ユリがあまりに従順で、おとなしすぎることに気づきました。それは、長い間、男からの暴力を受け続けて、耐え忍ぶために形成されたユリの性格なのでした。常に上目遣いで、ためらいがちに僕の意見を聞いて、自分の意思はなかったように目を伏せて、僕がどんな反応を示すか、ということだけに気を配るのです。


最初はそんなところもかわいく思えましたが、だんだん面白くない、と感じるようになりました。話をしていても、自信がないように時々うなずいてみせる彼女といるよりは、壁と話しているほうが飽きませんでした。会話は減り、僕は彼女を置いて、居辛さに窒息しそうな部屋を出て海岸へ散歩に行くようになりました。そんなとき、ユリは黙って部屋の隅で聖書を読んでいました。


当時、卒業間近になっても就職が決まらなかった私は、焦っていました。いつもいらだち、ピリピリした雰囲気をかもし出していたと思います。会話は減ったものの、ユリのことを少しは気にかけていました。しかし、かまう余裕を失っていたのです。僕は、平気でユリの何気ない相槌をひどくやっつけました。ユリの自立心の欠如をあざ笑い、攻撃しました。ユリなら何を言っても赦してくれる。そう思っていました。

そして、僕は浮気までしました。ユリが聖書を読み、僕が散歩をしていたこの海岸で出会い、たまたまなんでもない会話を交わしただけの、行きずりの女でした。あの時、僕の脳裏をユリの姿が一瞬浮かびました。しかし、女の言うままになり、夜遅く帰ってからユリとも関係しました。ユリが気づいていたか、僕には分かりません。しかし、たとえユリに分かっても、彼女は何も言わないだろう、僕自身の親切でここに住まわせてやっているのだからと考えていました。

いいですか、僕はいつのまにか、「親切に」「何々してやっている」と思うようになっていたのです。そのときの僕には、ごく自然な考えでした。

そして、僕は隣に寝ているユリを見やりました。彼女も僕を見ていましたが、はっと目をそらすと、僕の手を握ってきました。僕が眠りにつくまで、彼女の手のぬくもりが消えることはありませんでした。