ある小さな村に、一匹の黒いねこが住んでおりました。ねこは、みんなから「夜ねこ」と呼ばれておりました。


夜ねこは、それほど真っ黒でつやつやとした毛並みを持っていたのです。夜ねこは、いつも毛を舌できれいになめて、ほつれないようにするのが大好きでありました。


毎晩夜ねこは、お気に入りの樹の下に寝て、お月様をながめておりました。夜ねこは、お月様が大好きでした。お月様のひかりは、夜ねこを淡くやさしく包んでくれます。お日様のひかりは、あまりに強くて、夜ねこは疲れてしまうのでした。


お月様はゆっくりゆっくり動いていきます。雲にかくれながら、絹のように薄くひらひらしたひかりを放つお月様を、夜ねこはじっと見つめ、ついに歩き出しました。


(お月様はどこにいくのだろう……)


物心ついたときからの疑問を、今夜こそ確かめよう。そう決心して、夜ねこはしっかりした足取りで歩いていきました。


空が少しずつ白みがかってくるころ、海辺につきました。


いつもは青い海が、お月様のひかりをいっぱいにあびて、銀色の布をかぶせたように輝いています。


夜ねこは、これまで見たこともなかったまばゆい景色に目を細めました。


そのとき、砂浜に、銀色に光る毛皮をまとったうつくしいねこがいることに気づきました。そのねこは、夜ねこを見つけると、ゆっくりこちらにやってきて、にゃあと鳴きました。


「こんばんは」


夜ねこもにゃあというあいさつを返します。


「こんばんは。きみはだれ?見たことがないけれど」
「ぼくは月ねこ。あのお月様から散歩にやってきたのさ」
「お月様から?」


夜ねこは、目をまんまるに開きました。そして、ひげをぴくぴくさせて、うらやましそうに空を仰ぎました。


「いいなあ。ぼくはお月様が大好きなんだ。行ってみたいな」
「うん、きみならお月様も好きになってくれるよ。ぼくと行こう」

月ねこは、さあこちらへというように手招きしました。夜ねこはどきどきしながらついていきました。


海の上には、いつのまにか白銀の道ができていて、お月様までつながっておりました。二匹のねこは、ゆっくりなかよく歩いていったのです。


次の日の夜、村のねこたちは、夜ねこによく似たかたちの斑点がお月様に抱かれているのを見つけたのでした。


(完)

2005 3 31