智香子がマンションの玄関に入るとハイヒールが脱ぎ捨てられていた。

そっとリビングを覗くと困り顔の和音が田所千夏にお茶を入れてもらっている。



「いったいどうしたの?」


智香子が和音に尋ねると、田所千夏が玄関のドアの前に座り込んでいて、和音が玄関を開けるとささっと部屋へあがりこんできたという。


「田所さんは何の用事なんですか?」



智香子が千夏に質問すると、千夏は近くに来たから和音に会いたくなったといったが明らかにそれは嘘だと思えた。


そして、あきれ顔で智香子が自分のお茶を入れると、チャイムが鳴り、今度は平永和紗が現れた。



「やあ!智香子さん・・・しばらく会えなかったからさびしかったよ~。
やっと仕事が一段落してねぇ。
君の顔が見たくてやってきたんだけど・・・おじゃまなのもいるね。」



「おじゃまですって!!!」



「俺は君がじゃまとは言ってないけどねぇ。
でもまぁ・・・よからぬ訪問ではありそうだねぇ。」



「なによ、私は真面目な用事があってきてるのよ。
そこの未亡人ちゃんにアプローチかけるんなら、デートにでも連れ出しなさいな。おほほほほ~」



「いいねぇ。んじゃ、鬼がそういうから智香子さん、ちょっとつきあって。」



「でも・・・帰ってきたばかりなのに。」



「ちょっとだけでいいからさ。
それとも、2人のベタベタをもっと見続けるのかい?」



「おい、和紗!
智香をよからぬところへ連れまわすんじゃないぞ!」



和音が和紗に声をかけると、和紗はにやりと笑って親指をたて、智香子といっしょに外へ出かけた。



「よし、1段階うまくいった。」


「へっ?和紗さん・・・いったいどういうことなんですか?」


智香子が目をまるくして和紗に質問した。

和紗の説明によると、田所千夏は自分の父親と会社のためにまた和音に何か仕掛けてきたというのだった。

和音が退職してから、リストラをして、一時は業績悪化は免れたように思えたが和音が如月のライバル社や商社などに新作のデザインを提供してしまったため、新作の発表会で如月の商品はいまひとつふるわなかったらしい。


千夏が玄関で長時間待ってまで押しかけてきたことに危機感をもつ和紗は、とりあえずリビングに盗聴器を仕掛け、部下を周りに配置させたと智香子に種明かししてくれた。


「和紗さんはなんだかんだいって、和音さんが気になるんですね。」


「変な意味にとるなよ。俺は和之の頼みをきいてやってるだけだから。
それに・・・一見実業家でスマートな行動をしているように和音は見えるけど、彼は根っからのロマンチストで・・・俺はそういうヤツは小汚いビジネスマンに汚してほしくないと思ってる。

彼が心から欲する仕事をする姿はとても美しいと思わない?」


「思います。真剣できびしくて・・・でも作品はとても優雅です。」


「うん。金に一切換算しないってわけにもいかないけど、儲けに凝り固まってしまう連中には彼の作品はもったいなすぎる。」