菜の花の君へ


和音は黒田の異変に気付いて、先に質問を投げかける。


「お教えする前に、その絵の娘は黒田さんとどういう関係にあるのかお聞きしてもよろしいですか?

それを聞いてからでないとお答えしません。」



「そ、そうだな。知り合いなら確かめて当然か・・・。
もし、俺の見間違いでなければ、この娘は俺の愛した女性の子どもか親戚だと思うんだ。

坂下智子・・・。彼女にとても似ている。」



「この絵の娘の前の名前は、坂下智香子。
そして、現在の名前は・・・中務智香子といいます。」



「なっ・・・おまえ・・・いつのまに。
おまえの嫁さんなのか?」



「僕は独身ですよ。
中務和之・・・僕の兄と彼女は結婚したんです。
でも、兄はこの世の人じゃないのはご存じですよね。」



「あ、ああ。入籍をした日に死んじまったっていう・・・。
じゃ、君の兄嫁さんはどういう人なんだ?

さぞ傷心してるだろう。今、どこにいる?」



「智香子は坂下智子さんのひとり娘で、ご両親を小学生のときに亡くして、おじいさんの家で暮らしていました。

そのとき、僕の母親が施設に預けた兄の和之を彼女のおじいさんが引き取って3人で同居していました。

そして2人は・・・お互いを好きになって結婚して・・・。

今は、僕とマンションで暮らしています。」



「ちょ、ちょっと待て!
いきさつはわかった。とてもわかりやすかった。

だが、どうしておまえと暮らしてるんだ?」



黒田はやや不服そうな顔をして、今にもつめよりそうな勢いだ。

しかし、和音は何ら調子を変えることもなく。


「彼女は現在、大学生で、身寄りは僕だけですし、生活をバックアップしなければなりません。

2人っきりの家族になってしまったんで、助け合いながら・・・です。

そして、彼女は僕がかなり前に描いた菜の花の中の少女でもあります。」



「あ・・・・・。あのおまえがいちばん大切にしていた少女が成長して。
そうか。そういうことなのか・・・。

もう、つまらぬ詮索はやめておくが、どうだろう?
彼女に1度会ってみたいのだが。
もちろん、俺のことは画廊のオーナーとしてでいいから。」


「そうですね。お母さんを知る人なら・・・。
今度の土曜日の午後にでも、ここへ来るように誘ってみます。」



「そうか。ありがとう・・・感謝するよ。
しかし、もっと早く知っていればなぁ。

俺が養育くらいかって出てやったのに。
おまえは、彼女と暮らしていて、何とも感じないのか?

それに、これから有名になったら兄嫁とふたりっきりで住んでいるというのは、かなりマズイだろ。」



「僕は気にしません。唯一の家族ですしね・・・。」



「世間はそう都合よくみてくれやしないぞ。たぶんな。」