菜の花の君へ


しばらくして、和紗は小さく深呼吸すると、右手で眼鏡を少し浮かしながら和音に強い口調で言った。



「田所千夏がまた押しかけてくると思うけど、なんとかかわせよ。
美人だからって気が緩めば、金のなる木にされるからな。」



「あんなのには興味もないし、会いたくもないよ。」



「和音の気持ちなどとっくにあの女は理解しているだけに、どんな手をうってくるかわからないって話をしてるんだ。

もう主でもないおまえのことなんて俺にとってはどうでもいいんだけどな、前とちがって智香子ちゃんがいるからな。」



「智香のためにか・・・マメだな。」



「冗談じゃないぞ。真面目な忠告だ。
和音があの女のワナに落ちてしまったら、智香ちゃんは生きていけなくなる子だよ。」



「はぁ?智香はそんな弱い娘ではないと思うけど・・・」



「わかってないな。俺は経済的なことを言ってるわけじゃないぞ。
あの娘の目を見ればわかる。
和音を誰よりも頼りにしてるし、もしかしたらそれ以上かもしれない。

つまらない女のせいで、やっと落ち着こうとしてる平穏な暮らしがつぶれるようなことがあったらかわいそうじゃないか。

和之のこともまだまだ思い出せば悲しいだろうに、いつも笑顔でさ・・・。
マジで抱きしめたくなってしまうよ。」



「責任重大だな。まぁ出方もわからんから、じっくり見ていくよ。
けど・・・僕はちょっとうれしいな。

智香が頼ってくれるなら、新たな仕事にも張り合いがあるし、がんばれる。
1週間離れている間にも思ったけど、離れていても電話して、メールしてそんな何気ないやりとりがうれしいと思うなんて、僕にとっては今までになかったことだからね。」


「お、おい・・・それじゃ夫婦の会話だろ。」