智香子は寮へもどってふと、京田の言っていたことを思い返した。

そして、もしも和音の両親もしくは、和音の父親が生きていて自分があの邸でお世話になることになっていたら・・・?

そう考えると体が震えてしまうのだった。


和音の両親つまり、和之の両親が亡くなっていたことにホッとする自分がいる。
そしてそれをあさましいと思う自分も・・・。


(私は会社とは何もかかわりはないけれど、中務の名前をなのっている人間なんだよね。
和音さんは会社から追い出されたけれど、京田さんみたいに内情を知らない人たちから恨まれたままなのかな?)


個展が始まって1週間、智香子は画廊に顔を出していなかった。
和音の夕飯も2日ほどさぼってしまっていて、謝罪のメールを出した智香子だったが、和音からは気にしなくていいと返事が来ただけだった。


多忙なこともあるのだろうし、初日の様子を思い浮かべても和音のファンらしき女性たちがたくさんつめかけていた理由もあって智香子は京田のところで手伝いをしたり、別のボランティアに出向いたりしていたのだった。


そして講義が早めに終わって、和音のところへ夕飯を作りに出かけようとしていると、智香子に和音から電話がかかってきた。


「今日はこっちに来る?」


「はい、これから出ようとしていたところなんですけど。」


「じゃ、家で待っているよ。」


「あれ、和音さんは画廊に居なくていいんですか?」


「今日は午後から休みをとった。
智香子に1週間以上も会ってないなんて不自然だから・・・。」


「不自然なんですか?」


「うん・・・。前はどんなに遅くなっても出張に行ってもそこまで会わなかったことはなかっただろう?それに・・・」


「はい。・・・それに何ですか?」


「いや、会って話そう。夕飯もいっしょに食べないか。
帰りはちゃんと送るから。」



「そうですね、じゃ買い出しいってそっちに・・・」


「いや、いっしょに買い物しよう。あと5分くらいで寮の門の前に着くし。」


「ええーーーーっ!!」


智香子は大慌てで出かける支度をして、寮へ届けを出して玄関へ出た。

和音が門の前で待っているのが見えた。


「和音さん・・・!」


「また目立つって怒られるかと思ったけど、気がついたらこっちへ向かってた。」


「目立つのは慣れましたけど、さっさと行かないとみんな寄ってきます。
出ましょう。」


「ああ、そうだね。っ・・・」


車に乗り込む時に和音が右足をかばった動作をしたことに智香子はびっくりして事情をきいた。


「階段を踏み外して挫いただけだから、心配いらないよ。」

「何をやっていてこんな・・・。ファンの女の子に囲まれて足元が見えなかったんですか?」


「ま、まぁ・・・そんなとこかな。ははは・・・運転には支障はないから安心していいよ。」


「でも、その足じゃ・・・買い物なんて・・・。それにどうして足をくじいたときにすぐに呼んでくれなかったんですか?」



「智香だって忙しいから来れなかったんだろう。
こんな大したことないことで呼びつけるわけにはいかないよ・・・って結局今になって呼びつけてしまったけど。ごめん・・・。」


智香子はそういって苦笑いしている和音を見て愛おしく感じずにはいられなかった。

(まるでひとりにしないでって甘えてる少年みたい・・・。)