菜の花の君へ

京田輝明は智香子と出会った頃は、ボサボサ髪に氷メガネというようなさえない風貌だったが、准教授となって智香子の前に現れたときには髪はやや長髪ではあったが、メガネも服装もおしゃれで白衣を着て歩いていると若きイケメン医師といった感じに見えた。


しかも、個展にやってきた彼はスーツ姿だったので、智香子は慣れるまで京田の顔を見つめることはできなかった。


(会わなかった間に、カッコよくなっちゃって嫌でも意識しちゃう。)


「さて・・・と。ほんとに研究室まで来てもらっちゃって悪いね。
インスタントだけど、コーヒーでも飲んでいって。」



「あ・・・お仕事のお手伝いは?」



「うん、寮の門限あるだろうし、コーヒー飲みながら明日の段取りだけ聞いていってくれればいいよ。

簡単な資料のコピー渡すから、それは寮で一通りでいいんで、目を通しておいて。」



「はい。私でもできることなら、がんばります!ハイ。」



「ねぇ・・・中務和音さんの前でも、そんなに無理をしてるのかな?」



「えっ・・・。」



「偶然出会って、災害が起きてボランティアをしたときの君は、もっと自然に仕事ができた。

何も言わなくても、自分でできることをできる範囲でやっていたように思う。

けど、今の君は自分がないみたいだ。
僕が手伝ってほしいと言ったから、手伝ってくれたんだから、とてもそれはありがたいことなんだけどね・・・。

画廊での君を見たときにも感じたんだけど、自分がやりたいことがないのに仕事を与えられることだけを望んでいるように思えるよ。

まるでそれは・・・周りから与えられる仕事や面倒事にわざと振り回されて嫌なことを忘れたいかのような行動・・・。」


「そんな・・・そんなことはべつに。動くのが好きなだけで・・・。」



「その範囲内はとっくに超えてるんじゃないのかな。
中務和之は何度僕が電話をしても君に取り次いではくれなかった。

つらかったけど、君が彼を好きだったことで僕はそれを恨みには思わなかったよ。
彼の立場なら当たり前の行動だと納得できたからね。

でも、今日の個展で中務和音の絵を見て、腹立たしくなったよ。」



「ど、どうしてですか?絵が気に入らなかったんですか?」


「絵はうまいけど・・・やり方が気に入らない。
彼は少なくとも、尊敬していなかったと思うし、好きという感情もなかったんだと推測するよ。

そして僕をわざわざ招待までして・・・。」


「招待しちゃいけなかったんですか?でも、来てくれたじゃないですか。」



「いや・・・まぁ・・・僕の分析話は退屈だろうから、この話はもうナシだ。
明日から楽しみにしてるから、来てほしい。」


「なんかはぐらかされたような・・・。まぁ明日からですよね。」


コーヒーを飲みほして資料をもらった智香子は、バタバタと寮の部屋へと帰っていった。


(君はまだ彼の本心にも、僕の気持ちにも気づかないほど若いんだね。)