菜の花の君へ

智香子は和紗はやっぱり優秀な秘書であり、思ってたよりもずっと人間味のある人なのだと思った。


「私も和之さんのお葬式で話した和音さんからは今の和音さんは想像できませんでした。
私の存在がそんなに迷惑なものなのかって震えてました。

だけど、暮らしているうちにだんだん和音さんの優しさがわかって、抱えているものの大きさもなんとなく感じることができて・・・私も支えてあげたくなっちゃいました。

でも、それって私の思い込みだったみたいです。
寮へ移り住んで自分を見つめなおそうって思ったことを話したら、反対してくれるんじゃないかと心のどこかで思ってたんですけど、あまりにあっさりと賛成してくれて、バカみたいです。私・・・。

和音さんだって自分を見つめて好きな人と付き合いたいですよね。」


和紗は笑顔で話を聞きながら、右手で自分の胸を押さえた。


(和音。君ってヤツは・・・。血のつながりのない兄ちゃんにはあまり時間がないというのに、めんどくさいことになってるみたいだね。)


ちょうどそんな話をしていると、ドアが開いて和音がもどってきた。


「智香!こっちにきてるならどうして連絡をくれなかった?」


「あ、ごめんなさい。またきっと個展用の絵を描いてるかなって思って。
あとで様子を見に行くつもりだったから、先にご飯を作りにきて。

そしたら・・・和紗さんも来て、しゃべってしまって。」



「すまない、和音。こんなに早く別居してたとは知らなくてさ。
智香ちゃん夜は寮生活っていうから、今しか話できないと思って、つい話し込んでしまったんだ。ごめん。」


「い、いや・・・僕だって絵に集中すると周りが見えてないから、迷惑をかけてしまってて。
君たちが話があるんだったら、僕は仕事にもどるよ。」


「もう、話は終わったから俺が帰るわ。
俺もこれからまた仕事あるしな・・・じゃ、智香ちゃん。またね。」


和紗は急いで外へ出ていってしまった。


和音は和紗がいた食卓の椅子に座ると小さな声でつぶやいた。


「独立すれば、この家で和紗と密談することもできるんだな。
もう大人なんだから、何をしようが自由だけどね。」


「あの、和紗さんには和音さんの夕飯の味見をしてもらっただけで、べつに何も・・・。
それに、和之さんの昔の話とか教えてもらって。」


「兄さんがいないとやっぱりさびしい?
僕がいると思いだして嫌だったのかな・・・。」



「え・・・!嫌なんてことないですよ。
見た目は似ていても、和之さんと和音さんはぜんぜん違うし、思い出が嫌なわけじゃないもの。」


「君は大人だね。
僕は思い出に飲みこまれそうになることがよくあったよ。

あ、そんな話もういい・・・。今度の土曜から始まる僕の個展なんだけど・・・夜に協賛してくれる企業の人たちの集まるパーティがあってね。」


「わぁ、すごい!」


「うん。それで、君を同伴して参加したいんだけど・・・。
予定とかないかな。
できれば、断ってもらえる予定ならこっちを優先してほしいんだけど。」