† 第八節



すべての生物が寝静まる時など、あるのだろうか。

少なくとも和幸は、今まで、無音の世界にいたことがない。

眠りは、自分の意識を闇へ落とす行為である。時間や空間を認識できない時に起こる『無』など、『無』とは認めない。

和幸は数回、まったく理由もないのに眠れず、一夜を起きたまま過ごしたことがある。

しかし、夜中の二時を回っても外は車が走り、三時を過ぎても虫は鳴きやまず、四時を過ぎても犬の遠吠え、五時ともなれば人の息が蘇り始めた……。

世界は、あらゆる生物が常に、常に、回している。

上野の言葉を、思い出す。

「この世界の一切の存在は押し並べてなんたらってな」

と、珍しく独り言を漏らしながら、立ち上がった。

すぐ隣の布団には、母が眠っている。

仕事で疲れるのだろう当然、その眠りは、見るからに深い。

なぜかはわからないが、寝顔というのは人を癒す。

母でさえ、女という意味ではないが、かわいく見えてしまう。動物でたとえると、猫だろうか。