車体が大きく右に傾く。
胃がひっくり返りそうな感覚に襲われた俺達は各々座席に体をぶつけ、うめき声をあげた。
なおも鳥井は逆走を続けたまま、追ってくるワゴン車から逃れるためにハンドルを切る。向かってくる車にクラクションを鳴らして合図を送ると、車の間を縫い合わせるように走って、追っ手を撒こうと躍起になった。
ただし、運転する顔は引きつり顔で真っ青。
冗談交じりに、「こんな仕事辞めてぇ」なんざ言いやがった。
「平和にムショ入りした方が幸せだったぜ。命がいくつあっても足りやしねえ」
「手前から逃げ出したくせによく言うぜ」
助手席に座る俺は鳥井を見据えたまま、右手に持つ拳銃を手放さないように握りしめる。
いつでも相手を撃てるように。
だが鳥井は読んでいるに違いない。俺が鳥井を撃てないことに。
なぜならここで運転手を撃ってしまえば、大事故は免れない。考えてもみろ。状況は車道を逆走、おまけに追っ手付き。こんなところで運転手を撃てば、俺達はあっという間に玉突き事故でお陀仏しかねない。
クソみてぇな人生ばっか歩んでいるが、生憎俺はまだ死にたくない。それはこいつもきっと同じはず。
「答えろ鳥井。三百万を回収するために、那智を攫いに来たのか」
「何の話だか」
しらばっくれるか。
「『No.253』のツケを回収してぇくせに」
「さあてね」
とりあえず脅し程度に拳銃の照準を合わせる。
鳥井は青い顔をしたまま、俺の幼稚な脅し文句に鼻で笑うばかり。
逆走している状況も相まって、俺の脅しがハッタリだって見抜いている。異常性があると知っていながら、相手はただの大学生だと舐めているんだろう。腹立つことだがその通り。俺はただの一般人だ。こう見えてもな。
だがそれなりに情報はかき集めているつもりだ。鳥井の顔色を変えるくれぇの情報は持っている。
(これは賭けだ)
俺はくつくつと喉を鳴らすように笑い、鳥井に宣言する。
「そうか、ならしょうがねえ。テメェが何も答えねえなら、椛施設にいるイチロウに聞いてみるしかねえ」
那智が日記に記していたキバナ施設。
『木』『花』と書いてキバナと呼んでいた本当の正式名称は『もみじ』施設。
そこは俺が住む地域の児童養護施設の別名称で、事情があって家族と暮らせないガキどもが暮らす施設だ。身内を失ったり、親から虐待を受けたガキが集う施設に、鳥井繋がりのガキがいると俺は睨んだ。
一変して驚愕する鳥井が顔ごと俺の方を見た、その瞬間、対向車とぶつかりそうになる。
慌ててハンドルを切った鳥井を目にした俺は内心で勝利を確信する。
「鳥井。言っておくが俺はガキにも容赦しねえ。お前が那智にした仕打ちを、今度は俺がイチロウにしてやるよ」
イチロウって野郎が鳥井とどんな関係性があるかは分からねえ。
だがイチロウがガキだってことだけは断言できる。その施設に入れるガキは原則18歳までだって決まっているからな。
特大の脅しをぶつけると、鳥井は車を歩道に乗り上げさせて一時停止。逆走する追っ手を撒くため、ふたたび車道に戻って車を走らせる。今度は正しい流れに乗って。
苦々しい顔を作る鳥井は白々しいため息をつくと、俺に悪態をついた。
「裏社会の人間を脅すなんざ、カタギの人間じゃねえだろ」
「さあてね」
鳥井の真似をすると、またひとつため息をつかれた。
よっぽど俺の脅しが聞いたのか、それとも思うことがあったのか、鳥井は俺の質問に答えた。
「ご明察、俺はそこのガキを回収しに来た。下川那智はすでに三百万以上の価値がついている」
「なんだと?」
後部席を見やると、不安げに俺を見つめる那智の姿。
那智は親父の依頼のせいで、成り行き三百万の価値をつけられてしまった。
それは理解できるが、ちょっと時間を置いただけで三百万以上に値上がりするなんざ、まるで意味が分からねえ。相手はただの中坊だぞ。
「下川治樹。あんたが暴れたせいだ」
「は?」
「俺を含む裏社会の人間を伸しまくったせいで、あんたは裏社会じゃちょっとした有名人になってるんだよ。下川那智はあんたの弟ってことで、価値が上がっちまったんだ。ただでさえ二重契約の名目で、下川那智は取り合いになっていたのに……はあ、複数の同業者があんたの弟を狙ってハイエナしてやがるんだよ」
ハイエナとは隠語で横取りという意味らしい。
弟が、裏社会の複数の同業者に狙われる存在になっている。
鳥井がハッキリと告げた内容に、俺はただただ眩暈を感じた。どうしたらそうなっちまうんだ。



