ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】



「那智くん。下川といっしょに後ろね。乗れる?」


 うんうん、首を縦に振る那智が俺の腕を引いてくる。
 お前ねえ。今しがたプチパニックを起こしていたくせに、ああもう、分かった分かった。もう車に乗れるんだな? 大丈夫なんだな? ったくもう。

(……くそ、調子が狂う。この女)

 俺は運転席に回る福島の背中を見つめる。
 親父譲りの顔のせいで、何度か女に言い寄られたことはあるものの、冷たく突き放せばそれで終わっていた。持ち前の性格のせいで泣かせることが多かった。
 高村のような粘着質の高い女は初めてだが、福島みてぇな食えない女も初めてだ。

 どんなに素を見せても、当たり前のように接してくるなんざ、どうかしてるよお前。何を言ってものらりくらりかわせるのは、金のためなのか、それとも半分血が繋がっているせいなのか。

「なにボサっとしてるの。はやく乗りなさいよ。那智くんが待っているでしょ」
「うっせぇな。今乗るっつーの」
「あ、夕飯もいっしょに買っちゃいましょう。アンタの家、夕飯になりそうなものある?」
「部屋には入れねえって言ってるだろうが」
「那智くん。麻婆豆腐は好き? お姉さん大得意なの」

「おい、聞けよ」

 いつの間にか自分のペースにしちまうお前は、本当に変な女だよ。福島。
 妙にざわつく感情を抱きながら、那智の手を引いて後部席の扉に右手を掛けた。

 ガウン――静寂な駐車場に、破裂音のような、甲高い音が響く。

 同時に右肩に熱帯びた痛みが走った。何が起こった変わらず、右肩を押さえる。ぬるっとした感触が手のひらに広がる。これは血? アスファルトに落ちる液体に俺は顔を顰めた。

「に、に、兄さま!」

 那智が血相を変えて悲鳴を上げる。
 異変に気づいた福島が運転席から顔を出した頃合いを見計らったように、ブロック塀からボンネット目掛けて飛び下りる人間がひとり。


 驚愕する俺達の前に現れたのは頭の包帯と鼻のガーゼが目立つ野郎、今話題沸騰の男――鳥井だった。


 鳥井は迷うことなく右手に握る拳銃の銃口の照準を俺に合わせて発砲。
 二発目の銃弾を見事、右腕に喰らい、俺は新たな鮮血を流す。
 片膝を折った隙を見逃さず、鳥井が追撃の蹴りを横っ腹に入れてきた。
 ついでに、憎しみに近い感情を込めて胸部にも一撃を入れてきやがる。完全に不意打ちだった。

「兄さまっ! 傷っ、傷を見せてっ!」

 アスファルトの向こうで蹲る俺に駆けようとする那智の前に、鳥井が立ちふさがり、拳銃の柄で頭部を容赦なく殴った。
 運転席側では、遅れてブロック塀から飛び下りてきた男から、福島が顔面を引っ叩かれていた。福島の奴、顔を押さえてその場に座り込んでやがる。車の鍵を奪って足を手に入れるつもりか。くそが。

(カラス)! さっさと始末して、ガキを連れて来い。追っつかれるぞ」
「ああ。分かってる」

 運転席に乗った男に怒声を合図に、鳥井が拳銃の銃口の照準を再び俺に合わせてきた。
 躱す暇もなく、拳銃が火を噴いたが、銃弾の軌道が逸れた。
 鳥井の腕目掛けて、松葉杖を振り下ろした那智の仕業だった。頭部を殴られたにも関わらず、那智は左足の力だけで立ち上がり、鳥井に向かった。

「まだ来るか、ガキっ」

 悪態をつく鳥井から松葉杖を取り上げられたことで、那智の態勢が崩れた。
 鳥井は隙ができた弟の首を掴み、力の限り締め上げ始める。もがき始める那智の姿を目の当たりにした瞬間、目の前が真っ赤に染まった――ああ、また、俺は那智を奪われるのか。奪われちまうのか。そんなのっ、ンなの、ぜってぇ許さねえ。ぜったいに「気持ちわるい」

 気持ちわるいを口にしたのは那智だった。

 冷や水を浴びた衝撃を受ける。
 那智はゾッとするような、けれど綺麗な微笑みを浮かべていた。

「相変わらずあなたの与えるものは何もかもが、気持ちわるくて、仕方がないです」

 思わず吐きそうになるほど、他人のくれる痛み苦しみは、気持ちわるい。眩暈がしそうだ。
 けれど、なによりも気持ちわるいのは、最愛の兄に傷を負わせた行為。血を流す兄は綺麗で、格好良くて、可愛くて、だけど鳥井に傷付けられた現実に嫉妬で狂いそう。

 どうして、ねえ、どうして兄さまを傷つけるの。あれは自分だけの兄なのに!

「鳥井さんにはぜったいにあげない。貴方に渡せるほど、兄さまは安い存在じゃない――あなたはおれ達にとって邪魔だ」

 そう言って、ポケットから素早くボールペンを取り出すと、鳥井の腕にそれを刺して、彼奴(きゃつ)の手から逃れた。
 同時にボールペンを逆手に握り、拳銃を握る腕にそれを振り翳した。
 相手がオトナであろうが、手前の右足が負傷していようが、頭部を殴られていようが、なんだろうが那智は冷たい目で鳥井を捉えている。まるでそれは我を忘れているようだった。 

 こんな那智、見たことがねえ。

「逃げろ那智!」

 言っても耳には届いてねえ。だったら。