「下川治樹がそういう風に育っちまったのは置かれた環境であり、大人の責任だな」
感情的になる仁田道雄に冷たく返すと、心外だとばかりに反論が返ってきた。
「私は必要な分の金を払っていた」
「金で終わる簡単な話だと思ってるのか。お前さん、めでてえ頭をしているな」
話にならない、と益田は唸り、こちらを睨む仁田道雄に言い切った。
「いいか、仮に娘の福島朱美があぶねえっつーなら、原因はお前さんにある。下川治樹にたった一度でも目を向ければ良かったものを、お前さんはそれをしなかった」
だから下川治樹の中に凶暴性が生まれ、異常な行動が目立つようになった。
下川治樹はそうしないと生きていけなかった。あれの異常性は大人が生んだものなのだ。たった一度でも下川治樹に目を向けていれば、まだ穏やかな性格になっていたやもしれないのに。
福島朱美に罪はない。
しかし、下川治樹が本当に彼女を狙っているのであれば、やはりそれは親の仁田道雄に原因がある。そろそろ被害者ぶるのは止めた方がいいのでは? 益田は努めて冷静に意見する。
すると仁田道雄はつよく反論した。
「そもそも一度警察に助けを求めた際、あいつを助けなかった警察に否がある。なぜ警察はあいつを保護しなかった。芙美子の下にいたから、あそこまで歪んでしまった。くそ、だから私は言ったんだ。児童養護施設に送るべきだとっ」
「はあ。お前さん、俺と会話する気あんのか?」
「朱美に被害が及ぶくらいなら、殺しておけば良かった。那智が邪魔しなければ、あいつの頭を割るまで殴り続けられたのに。芙美子の血を引くガキどもは、どこまでも邪魔をする。私の人生の邪魔をっ」
ガンッ。
益田は故意的に机の脚を蹴り、「おっと悪いな」と、言って白々しく相手に謝罪した。
とりあえず、興奮している相手に向かって座るよう促すと、仁田道雄にひとつ笑みを送った。
「次女の福島朱美が大切なら、あんたが下川兄弟に対してどんな依頼をしたのか吐いちまいな。下川治樹が傍にいることで、福島朱美にも被害が及ぶかもしれねえぜ。時間をくれてやるから、よく考えてみるんだな。仁田道雄」
「益田警部。そろそろ飲む量を控えた方が良いと思います」
捜査一課オフィスにて。
取調室を後にした益田は自席で四杯目の珈琲を胃に流し込んでいた。
見かねた柴木がやんわり制してくるものの、益田の口から出てくるのは唸り声ばかり。取調室のやり取りを思い出すだけで珈琲の飲む量が増えていく。
「久しぶりに見ました。益田さんの暴飲」
敢えて、警部の呼び名を取っ払ってくるのは部下なりの気遣いなのだろうか。
一個人として心配してくる柴木を一瞥。苦笑いを浮かべる彼女に、益田は思わず肩を竦める。
「久しぶりにクソッタレと腹の底から叫びたくなる人間に会っちまったぜ。ああいうタイプの人間と酒を飲みかわすのは無理だな。会話するだけでストレスになる」
「殴りかかるんじゃないかと、はらはらしていましたよ」
「ンなことできるかよ。いまの世間的に厳しいっつーの」
許されるなら一発かましてやりたかったのは本音だが。
「結局、情報らしい情報は得られませんでしたね」
「吐かせるための種は蒔いた。あとは仁田道雄の出方次第だ。最愛の次女と、憎んでも憎み切れねえ長男が距離を縮めていると知ったんだ。今頃、頭を抱えているだろうよ」
断言していい。
仁田道雄は下川兄弟を排除する計画を企て、それを実行してくれるよう依頼したのだ。
あの兄弟さえいなければ、輝かしい人生が戻って来ると錯覚しているのやもしれない。おめでたい頭をしているので、自分の手から滑り落ちた地位、名誉、家族関係が修復するのではないかと夢見ているのやもしれない。
とにもかくにも、下川兄弟が事件に巻き込まれる発端は仁田道雄だろう。間違いない。



