「鳥井にも、他人にも、弟は渡さねえ。那智は俺のだ」

 軽々と弟の体を持ち上げた兄さまは、向こうに見えるベッドにおれを下ろして、ゆっくりとした動作で乗っかってくる。

 それは鳥井さんがやってきた行動と一緒。

 だけど決定的に違うのは、見上げるおれの頭を優しく撫でて「少しだけいいか?」と同意を求めてくるところ。
 鳥井さんの面影を消したいとおれに気持ちを伝えてくるところ。
 ちゃんとおれの意思を聞いてくれるところ。
 対等な人間として見てくれるところ。

 いつだってそうだ。
 兄さまだけが、おれを対等な人間として見てくれる。暴力で上下関係をつけようとしない。周りの大人とは違う。
 きっと兄さまはおれが「嫌だ」と言えば、すぐに退いてくれる。兄さまはそう言う人だ。

 おれはぎこちなく兄さまの頬を撫でて、「怖くない」と「気持ち悪くない」の言葉を紡いで、ひとつ笑った。

「おれも兄さまに触っていい?」
「当たり前だろう。お前になら何をされてもいいよ」

 満面の笑みを浮かべる兄さまに笑い返し、兄の唇を親指でなぞると、頭を引き寄せて自分の唇と重ねた。

 上唇と下唇を交互に舐めて、相手の吐息を奪うように唇を重ねていたら、反撃するように口内に舌が捩じり込まれた。それは鳥井さんと同じ行為、だけど恐怖も不快感も抱かない。

 寧ろ、抱くのは眩暈にも似た感覚とつよい熱――ああ、この感覚をなんて言えばいいんだろう。

 息継ぎなしに口づけを繰り返した。
 酸欠になりかけたところで唇が離れ、「もう少し触るぞ」と、口端に垂れた唾液を拭われながら兄さまに宣言された。

「怖いならやめる。ちゃんと言えよ」
「だいじょーぶ」

 小さく返事すると、涙が出るほど強く首を噛みつかれた。
 お父さんから首を絞められた時にできた太い引っ掻き傷の痕や、(フクロウ)さんから銃弾を発砲された時にできた擦過射創(さっかしゃそう)の痕をかじり、おれの首に歯形をつけた。
 おれが痛みに堪えている姿に気づくと、兄さまは歯形をゆっくりと舐めた。癒すように舐めた。

 そのまま鎖骨や首筋に舌を這わせ、性感帯になっている耳に舌を這わせる。
 耳たぶを食まれた瞬間、奥歯を噛み締め、耳殻に吐息を掛けられると体の芯が熱くなった。声が出そうになった。痛みとはべつの意味で堪えていると、兄さまが意地悪い笑みを浮かべてくる。

(楽しんでる……兄さま)

 恨めしい気持ちで兄さまを見やり、お返しに思いきり首に噛みついて歯形の痕をつけた。

 鎖骨に歯を当てると、兄さまは少しだけ眉を寄せた。
 初めは痛いのかな、と思ったけど、噛んだ箇所を癒すように舌を這わせると、妙に眉を寄せる。兄さまにとって鎖骨は性感帯のようだ。つまり感じている?

 そう思った瞬間、心の奥底から喜ぶおれがいた。
 おれだってちゃんと兄さまを感じさせることができるんだ。