「あくまで誘拐した実行犯はひとりだってことだな」
『はい。どうもお金のことが絡んでいるみたいで、鳥井さんはお仲間に“未払いのツケの一部は下川那智で賄うことが決まっているから取られるなよ”と、言われていました。同業者がいるらしくて』
「金?」

『詳しいことは分からないですけど、おれはお金になるみたいです。1200万がどうたらとか、このままだと赤字だとか……難しいことをたくさん言っていました。メモしたんですけど、全然意味が分からなくて』

「那智。いま、そのメモは読めるか?」
『大丈夫です。読みますね』


――下川那智は手に入った。No.253のツケはNo.254が賄う。No.254は下川治樹のオプション継続を望んでいない。そうなると五百万のツケはどこで賄うのか? 1200万の内、四分の一しか回収できなくなる。ウチが大赤字になる。


『これがおれがメモした内容です。意味はさっぱりです』

 謎の単語が多いが、下川那智の話を推測するに、鳥井という男にはコードネームで呼び合う仲間がいる。つまりそれは大なり小なり組織的に動いている可能性があるということ。
 さらに『取られるなよ』『同業者』という言葉を推測するに、第三者の存在がいる可能性が見受けられる。

「他に情報はあるか? 些細なことでもいい。あったら教えてくれ」

 下川治樹は思うところがあるのか、持参しているショルダーバッグからボールペンとメモ紙になりそうなチラシを取り出し、それに単語を綴った。表情は能面であるものの、ずいぶんと険しい雰囲気を醸し出していた。心当たりがあるのやもしれない。
 兄の問いに下川那智は少しだけ悩むように唸ると、『おれは兄さまの弱点で間違いないようです』と返事した。

『鳥井さんは言っていました。下川治樹は隙が無い、だから下川那智が標的になった。お前が弟だから狙ったんだって』
「俺に直接喧嘩を売る勇気はなかったのか。小心者だな、そいつは」

『兄さまは大丈夫? 鳥井さん、兄さまは人気者だって言ってましたよ。いろんな人が兄さまを狙っているって……本当はいつも狙われていたんじゃないですか? おれに心配を掛けないようにしてたんじゃ』

「安心しろ。俺がヤンチャしていたのは高校時代くれぇだよ。両親以外の人間に恨みを買うような真似はしてねぇ」
『なら、いいんですけど』

 声を暗くする下川那智は、『兄さまは頑張り屋さんだから無茶しがちです』と、言って兄の身を心配する。
 するとどうだ。あれほど能面だった男が初めて頬を緩めると、「ばかだなお前は」と苦笑いを浮かべた。

「いまは自分の心配をしろ。俺の心配をしている場合じゃねえだろ」
『兄さまばかですもの。仕方がないですね』
「お前には敵わねえな……悪かったな。お前が攫われたのは俺に原因がある」

『兄さまが謝る必要はどこにもありませんよ。おれにだって原因があると思います。鳥井さん、おれが兄さまにべったりだから嫉妬を買っているぞって言っていました。兄さまから自立させてほしい云々話してくれましたし』

「自立?」
『はい。どこのどなたか知りませんが、おれは嫉妬を買っているみたいです。そりゃ兄さまに甘えてばっかりな自覚はありますけど、嫉妬される覚えはないと思うんですよ』