やっぱり、というか、大正解というか、鳥井さんはおれをわざと生かしているようだった。

 ひと気のない雑木林付近で車をとめると、今日はここで車中泊すると言い、おれを後部席に移動させて両手足に手錠を掛けてきた。
 雑木林なんて遺体を埋める場所に最適だろうに、鳥井さんはおれに睡眠を取るよう促してくる。
 まあ、車内で暴れたらスタンガンを当てる、と脅されたけど……鳥井さんの中で、スタンガンは躾けの脅し道具として使える、と思っているみたい。

 試しに手足を大きく動かしたら、鳥井さんが迷わずスタンガンを翳してくる。

「言った側から暴れようとするんじゃねえよ。ばかなのか、お前」

 そうです。おれは大ばか者です! だから試したんです!

 心中で元気よく返事しながら、おれはスタンガンを流し目にする。
 正直、恐怖はあまりなかった。だって昔もお母さんの恋人に、煙草で根性焼きをすると脅され、躾けられたことがあったから。上下関係をハッキリ分からせる、動物みたいな扱いは慣れている。

(大人はいつもそうだ。暴力で躾をする)

 悪い子だといつも殴ってくる。痛みを与えてくる。泣くまで許してくれない。

 兄さまはおれが悪いことをしても、「ダメだぞ」と言って、何がダメなのかきちんと教えてくれた。暴力を振るわれたことはなかった。どうして叩かないのかと聞いたら、兄さまは困ったように笑いながら教えてくれたっけ。

『叩いて教えるなんて、そんなの自分の思い通りにさせたいだけだ。那智、お前がいい子なのは兄さまが一番知っているよ』

 兄さまだけが、いつもおれを、対等な人間としてみてくれた。

 ああ、いい子だと言ってくれる兄さまに、無償に会いたくなる。
 鳥井さんは兄さまを恨めよ、なんて言ったけど、ちっとも兄さまを恨む気持ちにはなれない。おれにとって兄さまは絶対で優しくて、大好きで、しあわせにしたい人。
 離れ離れになってしまったことが、悲しい。すごく悲しい。とても悲しい。さみしい。兄さまが恋しい――どうしよう。どうすれば兄さまを感じることができるんだろう。どうすれば。

 ふと、おれは鳥井さんが翳してくるスタンガンに目をつけると、両手を彼の右手に重ねて腹部に当てる。

 間の抜けた声を出す鳥井さんに構わず、迷わずスイッチを押した。

 涙が出るほどの激しい痛みが腹部を駆け巡る。痛みがあの頃を思い出させ、兄さまとふたりで自由になろうと約束した時代を思い出す。痛いことは大嫌いだけど、今だけはいいかな、うん、兄さまと離れ離れになった今だけは。

 ああ、痛みがこんなにも心躍るなんて……兄さまとふたりで暴力に堪えていたあの時代を鮮明に思い出せる――治樹兄さまのことを思い出せる。