だけど、おれにはこの部屋がすごくキラキラして見えた。
 もう、お母さんの罵声や冷たい目、暴力に怯える必要もない。お父さんの冷めた家族愛に悩む必要もない。近所の目を気にすることもない。完全におれと兄さまだけの部屋。

「あっ……ぁぅ……」

 そう思うだけで涙が溢れた。
 これから住む新しい部屋を見回して、暫くはしゃいでたおれだけど、色んな気持ちが爆発して、とうとうその場にしゃがんで泣いてしまった。

「那智、どうした。嫌だったか、この部屋」

 勘違いをした兄さまが焦ったように、膝を折ってくる。
 ちがうよ。おれはうれしいんだよ。兄さまと、今から二人で暮らしていける、この部屋が。怖いものも何もない、この部屋は素敵だよ。世界で一番の部屋だよ。

 おれは兄さまに抱きついて、わんわんと泣いた。
 そこで気持ちを吐き出す。毎日がつらかった。お母さんが怖かった。お父さんが冷たかった。近所の人の目が嫌いだった。
 兄さまが、おれの兄さまで良かった。本当に良かった。おれは弟で幸せものだと。
 ここで死んでも、おれは悔いをしない。むしろ、これ以上の幸せなんてないんじゃないかな。

 だったら、ここで死にたい。もう、つらいのも、苦しいのも、怖いのもいらない。

「ばかだな。今からなんだぞ。ここで死んでどうするんだよ」

「だっ、だっで」

 兄さまは、いつものようにおれを泣き虫毛虫だと笑い、涙を拭ってくれる。

「俺がここまで頑張れたのは、お前が傍にいてくれたからなんだ。那智、お前だけはいつも、俺を見捨てずにいてくれた」

 それは兄さまもだよ。ちょっとしたことで、すぐ泣くおれを、兄さまはいつも慰めてくれた。いつも守ってくれた。いつも微笑んでくれた。

「さあ那智。胸を張れ。お前はもうオトナに虐められる、可哀想で惨めな子どもなんかじゃねえ。周りの人間と同じ、普通の人間だ。俺もお前も、普通になったんだ」

 これからは、普通の暮らしを送る、普通の学生だと兄さま。

 他の家庭と変わりない、普通の人間なのだと強く主張した。