家元の寵愛≪壱≫



―――――解っている。

こんな事を聞く女は重いのだと。


だけど、聞かずにはいられなかった。

昨日の女性が脳裏をかすめる。



そんな重いセリフを吐いた私を

困惑の表情で見つめている。



彼に問い詰めてはいけない。

彼の行動を制御してはいけない。

彼を疑ってはいけない。


彼を困らせてはいけないのに、

どうしてもそれが出来そうに無い。



風邪を理由に正気を保てないのではない。

――――――きっと、愛し過ぎて理性がセーブ出来ないんだ。



無意識に彼の袖口をギュッと掴んでいた。

どこへも行かせたくなくて。


こんな事を私がした事なんてないから、

隼斗さんは困惑の表情を浮かべている。



いっその事、嘘でもいいから

『仕事へ行って来る』と言われた方が何倍もマシだったか。



遣る瀬無い想いが募っても、

きっともうどうする事も出来ないんだ。


だって、彼の瞳が

『ごめん』と言っているから。



「……ごめんなさい。気を付けて行ってらっしゃい」

「……ん、ごめんな。すぐに帰って来るから」

「………はい」


私は未練たらたらに掴んでいる袖をそっと手離した。