そんな時……。
思いもしなかった人が、たった一人で僕の元を訪ねてきた。
「……啓介さん……」
こうやって素面のままサシで話をするのは初めてだったし、何よりも啓介さん自らが僕を訪ねてきたことに戸惑ってしまう。
その日僕は仕事が休みだったけれど、おばちゃんが家の用事で遅れるとかで、本来の仕込み作業から開店準備に回っていた。
「遼太郎!準備が終わったんなら帰っていいぞ。客人が待ってんだろ?」
店の外で僕を待つ啓介さんを気にかけた大将が、奥の厨房から大きな声で呼びかける。
僕はテーブルを吹き終えた布巾をだらりと手に持ちながら、厨房へと入る。
まな板の上で白ねぎを刻みながら、大将は僕に背を向けたまま話し始めた。
「何があった知らねぇけどよ、元気だせよ」
初めて耳にする、大将の僕を気遣う言葉。
仕事中はなるべく顔や態度に出さないように気をつけていたつもりだったのに。


