「さて、今のは序の口。此処からは切磋琢磨の大乱闘になるだろう」


クマはそう言った。


「前にも言ったが、此処では弱者は消される。消されたくなければ、闘いに勝ち続けろ」


「ねえ、クマ。ゴホウ(護法)ちゃんも使って良いのか?」


ゴホウちゃん?

ああ、小小々猿のことか。


「お好きなように。手段は問わず、ただ勝てばいい。さあ準備はいいか? 来るぞ? わんさかとな」


巨大な偃月刀の柄を握りしめた時、


「ワンコ殿」


頭上から小小々猿の声がした。


「俺の名前はワンコじゃねえ」


「翠殿が"犬"と仰られた。この世界では犬をワンコと呼ぶと教えて下さったのだ。我が主の言葉は絶対的だ」


このがっちがち頭の盲目的な小猿信仰。


「ワンコ殿も、共に下僕として力を合わせようぞ」


舌打ちしながら小猿を見ると、小猿は慌てて顔を背けて口笛を吹く。


小猿…。

お前白目剥いている間に、どんな手懐け方をしたんだ?


「レイ殿、先程は失礼つかまつった。翠殿と協約を結ばれていた、偉大なリス王国のリス王子だったとは」


何だ…それ。

小猿は…横向いたまま。


「判ればいいんだよ。お前も…中々気が利くみたいだし、先刻までの"無礼"は水に流してやるよ」

「かたじけない。部屋を間借りする対価の胡桃は、力が戻った後で必ず…」

「うん。頼むよ、金ピカ牛蒡(ゴボウ)」


………。

賃借料…とったのか、このがめついリス。


「はははははは」


堪えきれないというように、櫂が笑いだした。


「レイに友達が増えてよかった」

「友達というより、カモにしてるだけだろ」

「僕はカモじゃないよ、リスだよ!! こいつはゴボウだし!!」

「チビ、ゴボウちゃんをヨロシクね」


いつの間にやら、"ゴボウ"に定着させた小猿がそういうと。


「任せておいて!! 此の世の常識をちゃんと教えてやるから」


非常識リスは先輩風を吹かせている。


ああ、もう…勝手にやれ。

俺は…戦力になってくれたら文句は言わねえから。


「では行くぞ」


櫂がクマに合図を送った。

アホハットがパチンと指を鳴らすと同時に、立ちこめる瘴気。


「サービス、終了♪」


今まで、小小々猿の龍が瘴気を消したと思っていたけれど…それはやはり一過性のもので、長く続いていたのは…知らずアホハットの結界の中に居たせいらしい。


ああ…景色が変わって行く。


これは今変化したのか?

それとも元々だったのか?


隠匿されていた"風景"に、場の景色が戻ろうとしている最中、


「ワマス ウォルミウス ヴェルミ ワーム…」


響き渡ったのは、複数の男女の声。

悍(おぞま)しい声の響きに、俺はぶるりと身震いしてしまう。


鳥肌が立つ程凶々しいのに、不思議と懐かしい…そんな矛盾した心に説明がつかねえ俺。

瘴気を呼ぶその声音に、何で俺の身体までも共鳴するよ?



「"ワーム"? この言葉は…」



櫂が呟いた時、俺は感じた。

肉体が知覚するよりも、まず本能が鋭敏に。



「櫂、危ねえッッッ!!!」



俺は、櫂の前に飛び込んだ。