主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

「さっきの女の人、すごく綺麗だったな」


主さまの屋敷は幽玄町の最奥にあり、丙の家は幽玄橋の袂にあるため、そう言ってぽうっとしている丙の顔をじっと見上げた若葉はこくんと頷いた。


「うん、お姉ちゃんはとても綺麗なの。この前女の子の赤ちゃんを生んだんだけど、すっごく可愛いの。ちっちゃな角が生えてて…」


「で、でも、俺は…若葉の方が好きだな」


“好き”という言葉に全くぴんときていない若葉が立ち止まると、丙は短い髪をがりがりかいてしきりに照れながら、若葉との距離を縮めた。

…寺子屋に通い始めた当初はただの親しい友人だったが…いつしか、輪に加わっていながらもどこか独特な世界観を持っている若葉に惹かれだした丙は、個人的に家に誘ったりするようになっていた。


「俺のこと…どう思う?」


「ひのえちゃんのこと?うん、好きだよ。優しくしてくれるし、きっとぎんちゃんもひのえちゃんがお婿さんになってくれるのなら、納得するんじゃないかな」


「えっ!?それって…若葉…俺の嫁さんになってくれるってことか?」


銀から常々口を酸っぱくして“人の男と夫婦になれ”と言われていたので、若葉としては、丙はうってつけの存在だ。

ただし…主さまと息吹のような、愛しく想い合うような関係になれないことだけは、何故かわかる。

自分は…どこか何かが欠如しているのだ。


「でもまだ花嫁修業をつけてもらってないから駄目。ひのえちゃんは私がお嫁さんでいいの?」


相変わらず抑揚のない声でそう言われると、今若葉が求愛を受け入れかけていることが俄かに信じがたい思いの丙は、焦りながら若葉の両肩を揺らした。


「お、俺はお前がいいけど…俺に…その…惚れてるのか?俺全然気づかなかった…」


「惚れる?ひのえちゃんのことは好きだけど、惚れるって…なに?好きとは違うの?」


――若葉の致命的な欠陥を発見してしまった丙は、落胆のあまり肩が下がりながらも、若葉を諦めることだけはしなかった。

むしろあの父代わりの白狐の元からいち早く連れ出した方がいいと思っているし、手を出されては適わない。


「…わかった。俺、若葉に惚れてもらえるように頑張るから。だからとりあえず花嫁修業はつけてくれ。その間にお前に惚れてもらえるように努力する」


「私がひのえちゃんに惚れたら夫婦になるってこと?…あんまりよくわかんないけど、私もわかった」


にこっと笑った若葉にほっとした丙は、恐らく今後あの白狐にいびられるであろう覚悟をしっかりとして、若葉の手を握った。