主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

朧が懸命に自分を引き留めようと考えを巡らせていることにはとっくに気付いていた。

気付いてはいたが、自分の使命を考えるとひとつの場所に長く滞在してはいられない。


――この耳に届く無数の悲痛な声を聞かせることができたならば、自分を引き留めることは不可能だと分かってくれるだろうけれど。


「いいんですよ。私たちは半分は人だけれど、人よりも長く生きていられます。私は私のやらなければならないことを完遂して後ここへ戻ってきます。その時は今まで傍に居られなかった分の濃密な時間を共に過ごしましょう」


「輝夜兄様…でも…」


「朧、行かせてやれ。輝夜はふらっと居なくなってふらっと帰ってくる。待っていれば必ず戻ってくるからさ」


雪男に窘められた朧は、輝夜の袖を握っていた手をそっと離した。

離したが目は真っ赤で唇は震え、共に過ごした数ヶ月で兄妹としての絆は十分に深まっていたのだな、と感慨深くなった輝夜は妹をやわらかく抱きしめた。


「さようなら、朧。さようなら、雪男。…さようなら、兄さん」


「そんな別れの言葉はいらない。お前の鬼灯は熟しつつある。必ず求めていたものを得て戻って来い」


「ははっ、そうですね、昨晩にも言いましたけど、最後には兄さんを救う役目を担ってこの実が熟すといいなあ」


のんびりした口調でそう言い、ふわっと立ち上がった輝夜は腰に手をあててひとつ息を吐いた。


「おや?あんなところに…」


輝夜が蔵のある奥の方に目をやると、皆がそちらを見た。

…しかしそこには何もなくいつもの光景で、また輝夜に目をやると――その姿は、消えていた。


「え…!?輝夜兄様!?」


「…行ったか」


朔がぽつりと呟き、目頭を押さえて力なくうなだれた。


「いつもそうなんだ。居なくなる時は掻き消えるように居なくなる。…俺はあいつが心配だ」


「主さま、輝夜は主さまと同じ位強いんだ。俺が小さい頃から稽古をつけてきたから分かる。またふらっと帰ってくるって」


「…そうだな」


その声は少し震えていて、一気に涙が溢れてきた朧が朔に抱き着く。


祝言の日は楽しく、翌日に別れを経て悲しい気持ちになった。


輝夜が戻って来る時は、自分たちに子ができた時だと言ってくれた。

だから、早く家族を作ろう。


輝夜のためにも。

朔のためにも。