主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

あの時かすり傷をつけれたのは奇跡だった。
あの時十六夜は完全に油断していたから傷を負わせることができたのだ。
それは謙遜でも何でもなく、あの頃自分は若かったし、たかが雪国の妖だと馬鹿にしていたからこそ。


ーーだが今目の前に対峙している十六夜は、いつもは隠れている角が見えているし、まるで周囲の音が聞こえていないかの如く静謐だ。


「輝夜!お前たちは離れてろ!」


「自分の身位守れる。好きにやれ」


「私は兄さんに守ってもらいますから気兼ねなく」


まるで言うことを聞かない朔と輝夜はこぞって観戦態勢。

朧は激昂している十六夜に近寄らぬよう晴明に取り押さえられ、息吹は声を張り上げて十六夜に呼びかけた。


「朧ちゃんはもう私たちのものじゃないの!もう雪ちゃんのものなの!雪ちゃんを殺しちゃったら朧ちゃんも死んじゃうよ!?」


…返事はない。

これほどまでに怒らせるようなことをした自覚はあるが、後悔はしていない。

あの日あの時あの夜ーーああするべきだったのだ。

それだけは胸を張って言える。


「先代。俺は息吹が好きだった。今でも大切だと思う。でも息吹はあんたに泣かされるばっかだったな」


「…それがどうした」


「あんたのために泣いてても、息吹はあんたしか見えてなかったんだ。俺は…それを羨ましく思ってた。俺もそんな風になりたいって」


「ほざくな。お前など俺は眼中になかった」


ふっと空気の動く気配がした。

ものすごい一撃が来るーー瞬時に悟った雪男は雪月花を顕現させて頭上に掲げる。

跳躍した細い体躯からは想像もできないほどの一撃は片腕から放たれ、正面から受けては傷を負うと判断した雪男が絶妙な角度で雪月花を傾けて火花を散らして弾いた。


「本気だなあ、先代!」


「隠居して衰えたと思うか?ただでは済まさんぞ。昔から俺と息吹の周囲をうろついては機会を待っていたお前が、次は俺の娘だと?冗談も大概に、しろ!」


目にも留まらぬ振り下ろしが雪男を一刀両断したかに見えたが、それは雪月花が見せた幻。


「先代。息吹の時とは違うんだ。俺は…見つけた。俺の魂を預けるべき女を」


ーー朧は両手で口元を覆って泣きそうになりながら何度も呟く。


「氷雨…!頑張って…!死なないで…!」


鬼火が煌々と十六夜の冷淡な顔を照らす。

息吹だけはその表情から感じ取っていた。


迷いが生まれていることを。