主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

どれだけそのままで居ただろうか。

自分のことで精一杯だった雪男は、すでに北国の領域にあって寒い廊下で朧がひとり座り続けていることに心配を覚えた。


この寒さは腹の子にも朧の身体にも堪えるはず。
なのに朧はそこから去る気配はなく、しかもーー


「…っくしゅん」


「…」


くしゃみが聞こえて腰を浮かせた雪男は、部屋の中を行ったり来たりしてなんとか平静さを取り戻そうと躍起になる。

…話さえ聞けば帰ってくれるだろうか。

けれど顔を見てしまうと自分がどうなってしまうか分からない。
なんとか心を断ち切って逃げるように別れたのに何故ーー


「…ははっ、これって朧の時と逆か」


逃げる朧を追ってこうやって戸を挟んで会いに行ったこと。

無言の朧に心がばらばらになりそうで、会いたくて会いたくて、胸が張り裂けそうになったことーー今それを朧が感じているとしたら?


「…朧」


「!はい!」


鼻声混じりの返事。
寒さからか、それとも泣いていたのか…雪男は腰を下ろして襖越しに朧に話しかけた。


「このままでいいなら聞く。…ごめんな」


「いいえ、ありがとうございますお師匠様…!」


衣擦れの音がして朧が背筋を正したのが分かり、雪男も同じように背筋を正して待ち受けた。


しばらく沈黙が続いた。
急かさずじっと待つ。

そして数分後、朧はようやく口を開いた。


「お師匠様…私は懐妊などしていませんでした」


「……え…?」


「私は焔さんに化かされていたんです。私は焔さんに抱かれていません。私は…無垢なままです」


ーーあまりに予想のつかない告白で雪男の頭は真っ白になり、口をに手をあててなんとか衝撃に耐える。


化かされたとはどういう意味なのか。
確かに九尾の狐ではあるが、朧を化かして何の得があるのか。


…こんなに自分と朧を苦しめた末にそれが化かしたの一言で済まされることなのか?


「お師匠様、経緯を話しますから…だから聞いて…」


「…あ、ああ…」


動揺と込み上げてくる怒りでうまく考えがまとまらなかったが、朧が懸命に説明をしようと襖を一度叩く。


ーー抱かれていない。

ではその魂と身体は…


まだ俺のものなのだろうか?