主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

「はは、やっと戻って来たか…」


どこか晴れ晴れとした表情で猫又から降りてきた朧を見つめる。

…久々にまともに会話をした気がして、雪男は目の前まで駆けてきた朧に苦笑して見せた。


「遅いぞ、出て行くとこだったじゃないか」


「お師匠様!行かないで、お願い…っ」


泣きそうな顔で訴えてくる朧に心が痛む。
だがもう決めたこと。

朧と焔が夫婦になるーーその傍でそんなふたりを見ていられる自信がない。

ーー雪男はひとつ息をついて、まだ肩に手をかけて引きとめようとしている朔を肩越しに見て苦笑した。


「ほんっとお前ら兄妹はわがままだな」


「お師匠様聞いてください!私は…私はあなたにこのことだけは知られたくなかったんです!お願い、あの夜に起きたことを話しますから、だから… 」


「…やめてくれ」


あの夜に何が起きたかなんて聞きたくはない。

切望して切望して…ようやくあたたかいものに巡り会えたと思ったのに、いつもすり抜けていってしまう朧に振り回され続けて心が折れたのは本当だ。


「聞きたくないんだ。ごめんな」


「…っ、お師匠様…!」


ーー朧が雪男の素肌の手を強く握った。

…あたたかい。
想いが通じ合っている証を見せる朧に、抑えに抑えていた感情が溢れ出しそうになる。


「私は何も変わってない。お師匠様、私はもう逃げません!あなたが必要なんです!」


「お前に…お前と子に必要なのは父親だ。俺、焔は案外いい父親になると思うぜ。主さま、後のことは頼んだ。俺との契約を解いてくれ」


朔がまた首を振る。

こうして慕われたことを本当に名誉に思った。


「朧に…俺に必要なのはお前だ。お前こそ朧とちゃんと話す必要がある。子の問題はとりあえず忘れろ。朧と話すべきだ」


「…話したってなにも変わらねえよ…」


朧への想いが消えたわけではない。
ただもう疲れた…その一言に尽きるし、父親になれる自信もない。


「…雪男」


静かな問いかけにはっとなって振り返る。

ーーすぐ傍には、十六夜、息吹、少し離れた所に輝夜が立っていた。

皆が皆、去ろうとする雪男を引き留める。


その心に胸が詰まり、歯を食いしばって俯いた。