主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

雪男が来る時間帯になっても、来ないーー


戸の傍に待機していた朧はそれを密かに残念に思い、己を叱咤する。


「楽しみにしてるなんて御門違い…」


最近は部屋の内装にもこだわって、小太郎に布を買ってきてもらってなるべく華やかにしようと繕い物をすることが多い。

雪男が来ないことは気になったが戸から離れて下駄を脱ごうとした時ーー


気配を露わにした何者かが近付いてきて鳥肌が立った。


それはいつもは完全に気配を絶っている雪男のもので、戸に背を向けて立ち尽くしていると、こつんと戸を叩く音がして出そうになる声を両手で封じた。


「…朧……」


ーー久々に聞く雪男の声。

それはひどく乱れていて、何か予想もしないことが起きているのでは、と思いながら息を詰める。


「そこに…居るんだろ。…話したくないなら、戸を叩いて返事してくれ。…頼む」


…迷った。

だがここに居ることは露見しているので隠れようがない。


迷った挙句、しばらくしてから一度ーー戸を叩くと、ようやく少しだけ雪男の妖気が収まった。


「そっか…お前…元気なのか?」


もう一度戸を叩く。


「元気ならいいんだ。………朧」


張り詰めた空気が流れて背筋が伸びると、雪男は朧が予想だにしなかった言葉を発した。


「腹の子も…元気か…?」


「……っ!!」


どこでそれを知ったのかーーまさか小太郎が捕まって無理矢理言わされたのか…

知られた衝撃と恐怖でへなへなとその場に崩れ落ちると、雪男はしばらく黙った後、さらに朧を動揺させる言葉を放つ。


「父親は…焔だな?」


「…っ、お師匠、様…っ」


両手で封じた口から漏れる声が届いたのか、雪男は大きくごつんと戸を叩いて朧を怯えさせた。


「どうして…どうしてそんなことになった…?お前がずっと隠してたのは、これのことだったんだな…?」


泣きそうに震える声ー

今すぐにでも飛び出して誤解を解きたかったが、足は竦んで立ち上がれない。


「…朧…また夜に来る。話してくれるか…会ってくれるか、お前が決めてくれ。それで俺も決めるから」


…何を決めるのか?


「分かったら戸を叩いてくれ」


…こつん


叩いた後すぐに雪男の気配は去った。

残された朧は嗚咽が漏れて様々な感情に揺られて呻き声を漏らす。


ーー奇しくもふたりのやりとりは、かつての十六夜と息吹が意思疎通を行なった時によく似ていたが、ふたりはそれを知らない。