主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

潮の香りがする。

長い間牛車に揺られていた朧は、朔たちの気配が遠のくのを待って外に出ると、地平線の先まで海が広がる光景に頰を緩めた。


「すごい…」


「海ははじめてかい?もうちっと季節が早かったら泳げたんだけどな」


向かう先には港町があり、活気に溢れた声が飛び交っていた。

朝に隣町を出て、港町に着いたのが夕暮れ前。

そろそろ百鬼夜行が行われる頃だ。
朔は否応なく行かなければならないがーー雪男はもしかしたら追ってくるかもしれない。


「宿は取ってあるから安心しな。別嬪さんの話も聞かないとな」


小太郎は本当に面倒見がいい。
道中、飴をくれたり寒くはないかと羽織をくれたり、良い人に巡り会えたことに感謝しつつ、牛車が港町に入ると同時に門が閉まる。

…正直言って門など妖にとっては何の脅威もなければすぐ侵入できる。
百鬼だけは掟により家屋への侵入は禁じられていたが、どの町にも妖はいつ現れてもおかしくない。


「へへ、今日は大きい部屋が取れたな。別嬪さん、さあどうぞ」


通された部屋は確かに宿屋の中で一番大きく、ちょこんと座った朧は、陽が暮れる前に話さなければと経緯を話した。


ーー酒に酔って好きでもない男と一夜を共にし、そして子ができたこと…

好き合った男にそれを明かすことができず家を飛び出したが、連中に追われていること…

自らが半分妖であることは伏せておいたが、追っ手がどの町にも現れるかもしれないことを告げると、小太郎はしばらく絶句した後髪をがりがりかいた。


「あんた大変だったんだな…。そりゃ好き合った男の方も訳がわからんだろ、探しもするさ」


「でも戻るわけにはいかないんです。…それは私自身が許せない。だから小太郎さん、都からなるべく遠ざかったところで私を下ろしてください。後は自分で何とかしますから」


…見るからにお嬢様な娘がひとりで生きていけるだろうか?
ましてやこれから子を産むとなれば誰かに頼らなければ到底無事に出産などできるはずもない。


「…あんた考えが甘いよ」


「え…」


「とりあえずとりあえず!事情は分かった。俺が何とかしてやるよ」


頼らないと言いつつ朧の目がわずかに輝いた。
小太郎は朧の頭をぐりぐり撫でて胸を張った。


「あんたが子を産むまで面倒見てやる。この小太郎様に任せな!」