主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

朔が部屋に着くと、雪男は握っていた手をぱっと離して固まった。


「あ、あの主さま…さっきは…」


「気にするな。少し怒って見せただけだ」


雪男の隣に座った朔は、少し長い前髪を耳にかけて朧の顔を覗き込む。

輝夜によって悪夢を見ないようにしているため表情は柔らかで、頬が緩んだ朔は隣の雪男を見つめた。


「白兎と言ったか。あの娘は危険じゃないだろうな」


「そんな馬鹿な。女だぜ?何ができるっていうんだよ」


「俺の大切な妹を煩わせる存在は必要ない。お前も分かったら早々に故郷に帰らせろ」


「ん、努力するよ…」


「朧に嫌われたくなかったら夜這いをかけられたりするなよ」


「されねえし!てか主さま…俺…朧を信じていいんだよな?」


部屋を出て行きかけた朔が振り向き、ふっと儚く笑った。


「その手が証明してただろ。お前が朧が起きている時に握ってみせてやればいい」


「…朧からちゃんと話を聞けたらな」


この頑固者め、と笑った朔が出て行くと、入れ違いに輝夜が顔を出して雪男の頰を膨らませた。


「お前には見えてたんじゃないのか?」


「さあ。ですがあの娘さん、なかなかの肝っ玉ですよ。あなたも油断なきよう」


「なんだよ俺が夜這いかけられるって言いたいのか?」


「ははは、そうなったら私の妹はすぐ実家に戻して他の男へ嫁がせますよ」


ーー雪男の表情が一変すると、輝夜は天女のような慈しみに溢れた眼差しで朧の頭を撫でた。


「これは天に与えられた試練なのですよ」


「…え?」


「乗り越えたその先にあなたの求めるものが待っています。あなたが最も必要としているものがね」


まるで天の啓示だ。

妖が存在するのだから神仏も存在する。
それを敬ったことのない雪男だったが、輝夜はその天に愛されて選ばれた者。


「そっか…じゃあ頑張らないとな」


「その意気ですよ」


その手が離されて絶望もしたが、何か理由があるはず。


「朧…大丈夫だからな」


何があっても。