主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

一番老舗の御用達の反物屋はすぐ近くにあり、主人が転がるように駆けてきて雪男に深々と頭を下げた。


「これはお珍しいことで。いつもご贔屓にありがとうございます」


「うん、今日は主さまの妹に一着仕立ててほしくて来たんだ」


「左様でございますか。うちは代々、先先代の潭月様の時代からお付き合いさせて頂いてますのでとびきり美しいものをご用意しましょう」


朧が雪男の背後からこっそり頭を下げた。
そのしおらしさに主人の鼻の下が伸び、雪男がやんわり押し出して奥へ行かせる。


…人と話す雪男の姿など見たことがなかった朧は、ついて来た雪男にこそりと話しかけた。


「お付き合いが長いんですか?」


「ああ、今の主人は明るくてよく話すな。主さまの着物も大抵ここであつらえてるし」


「人と話すのが楽しいんですか?」


「まあな。故郷の近くに人里があってさ、よく人目を忍んで遊びに行ったりしてた。話も面白いし、俺は話すの好き」


衝立の向こうとこちらに分かれ、白の長襦袢一枚の姿になった朧の元に次々と色鮮やかな反物が並べられた。

それを選んでいるのは雪男で、主人と熱心にどんな色が似合うか話していた。


「あいつ色白だし、くすんだ色より鮮やかな方がいい。緋色とか橙とか」


「それでしたらこちらが…」


ーー自分のために真剣に選んでくれているだけで嬉しくて、頰を赤らめて正座していると、女の使用人が朧の肩に白い蝶の刺繍が入った緋色の反物がかけられた。


「それなんかどうだ?」


「はい…好きです」


一瞬妙な間ができた後、雪男が衝立の上から顔を出して覗き込み、朧が非難の声をあげた。


「助平!」


「うん、いいな、それにしよう。採寸してくれ」


雪男がくすくす笑いながら座り直し、呟いた。


「今さら…」


抱いてはいないが何もかも知っている。

この手で熱を持たせて愛し合うことができたら、どんなに幸せだろうか。

どんなにそれを待ちわびているか、教えてやりたい。