主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

目覚めた朧は、悪夢も見ず頭がすっきりしていることに驚き、緋色の羽織を着込むと庭に通じる障子を開けた。


「起きたか。具合いは?」


「お師匠様…はい大丈夫だと思います。でも…なんかお酒臭い」


「ああもう輝夜にひどい目に遭ってさ…主さま、起きてきたぞ」


陽は傾き、広大な庭にはあちこち盛大にかがり火が焚かれていた。

雪男に声をかけられた朔が部屋から出てくる。

その異様な姿に朧は本当に兄の朔なのかと目を見開いて見上げた。


「俺は準備できた」


「兄様…なんですか?」


ーー顔には般若の面を被り、普段百鬼夜行の時にしか持ち歩かない天叢雲を手に、白い着物と赤い帯、黒の羽織を着た朔は狭い視界ながら妹を見下ろした。


「うん、そうだよ。輝夜がお前の快癒祈願に舞うと言って聞かないから仕方なく、ね」


あの般若の面ーー蔵に眠っていた当主にしか被ることを許されない面だ。

面自体に恐ろしい妖力が宿り、認めぬ者が被ると命を吸い取ると言われている。
朔はそれを平然と被り、ひしめき合ってその姿を拝んでいる百鬼たちに声をかけた。


「これより我ら兄弟が舞いを見せるが手出し無用にて」


「あ、あれは…鬼灯様か…?」


蔵のある方からゆっくりと歩み寄ってくる者ーー

出で立ちは朔と同じで、無銘だが輝夜の妖力にも折れることなくその手に在り続ける太刀が握られていた。

そして、顔には怪士と呼ばれる不動明王を模した面を被り、帯には神楽鈴を挟んでいた。

朔が庭に降り、手にしていた天叢雲が興奮した声を上げた。


『あれを斬っていいのか?血を吸っても?』


「ああ、俺が輝夜に傷をつけることができたらな」


それは謙遜でも何でもなく、輝夜がすらりと鞘から刀を抜く。
同時に朔も鞘をぽいっと投げてだらりと下げた。


「さあ、やろうか」


「いざ尋常に」


朧は瞬きも忘れてふたりの兄を見つめる。

快癒祈願と言っていたがーー怪我をしないようにと祈りながら、隣の雪男の袖を握った。