客間に通された氷麗は、上座の十六夜を前に背筋を伸ばし、三つ指をついて折り目正しく頭を下げた。
「この度はご挨拶に遅れまして申し訳有りませんでした」
「…猫を被るな。いつも通りでいい」
途端すっと身体を起こした氷麗は、妖艶な笑みを浮かべて小首を傾げる。
「あなたが人と夫婦になるなんて誰が想像できたかしら」
「…」
「けれどあなたの跡を継いだ当代は素晴らしいわ、お仕えしたいと思うほどにね」
十六夜は氷麗が何を言わんとしているのか分かっていたが、腕を組んで氷麗を見つめる。
「親子二代でどうしてあなたやあなたの娘に惹かれてしまうのかしら。忌々しい」
「…俺は雪男を迎えようとしていたぞ」
「その判断が遅かったのよ。おかげで氷雨は元気がないし、氷雨の手を離したあなたの娘は未だに氷雨を物欲しそうに見るのよ。どうなっているの?」
「…分からん。近日中に朧を呼び出して経緯を聞くつもりだ」
鼻で笑った氷麗は、真っ青な目に青白い炎を灯らせて胸に垂れた長い髪を払った。
「今さら経緯が分かっても氷雨はあげないわよ、あの子は…故郷に戻らせるわ」
ーー予期せぬその言葉に十六夜は軽く目を見開いて少し声を荒げた。
「雪男がそう言ったのか?」
「いえ、まだそれは。けれどあの子にとってこの幽玄町は良い思い出がないでしょう?二度も同じ想いをしたのだから」
「…」
「もう十分長くお仕えしたわ。今後は同族から妻をとって一族繁栄のため生きてもらいます。では」
言いたいことだけ言い切って立ち上がった氷麗は、思い出したように無防備に十六夜に近付くと、冷たい手で十六夜の頬を撫でた。
「私はあなたの愛を得られず一族のために愛してもいない男と夫婦になったけれど、氷雨という最高の息子を得たわ。それだけは感謝してる」
「…氷麗…俺の息子は雪男を離さないぞ」
「あら、そう思う?そうね…それも美しいけれど、私はあの子にこれ以上傷ついてほしくないの」
すっと手を離した氷麗が客間を出て行く。
ーー話が想像以上に進んでいる。
その事実に十六夜は頭を悩ませ、重たい腰を上げて雪男の元へ向かった。
「この度はご挨拶に遅れまして申し訳有りませんでした」
「…猫を被るな。いつも通りでいい」
途端すっと身体を起こした氷麗は、妖艶な笑みを浮かべて小首を傾げる。
「あなたが人と夫婦になるなんて誰が想像できたかしら」
「…」
「けれどあなたの跡を継いだ当代は素晴らしいわ、お仕えしたいと思うほどにね」
十六夜は氷麗が何を言わんとしているのか分かっていたが、腕を組んで氷麗を見つめる。
「親子二代でどうしてあなたやあなたの娘に惹かれてしまうのかしら。忌々しい」
「…俺は雪男を迎えようとしていたぞ」
「その判断が遅かったのよ。おかげで氷雨は元気がないし、氷雨の手を離したあなたの娘は未だに氷雨を物欲しそうに見るのよ。どうなっているの?」
「…分からん。近日中に朧を呼び出して経緯を聞くつもりだ」
鼻で笑った氷麗は、真っ青な目に青白い炎を灯らせて胸に垂れた長い髪を払った。
「今さら経緯が分かっても氷雨はあげないわよ、あの子は…故郷に戻らせるわ」
ーー予期せぬその言葉に十六夜は軽く目を見開いて少し声を荒げた。
「雪男がそう言ったのか?」
「いえ、まだそれは。けれどあの子にとってこの幽玄町は良い思い出がないでしょう?二度も同じ想いをしたのだから」
「…」
「もう十分長くお仕えしたわ。今後は同族から妻をとって一族繁栄のため生きてもらいます。では」
言いたいことだけ言い切って立ち上がった氷麗は、思い出したように無防備に十六夜に近付くと、冷たい手で十六夜の頬を撫でた。
「私はあなたの愛を得られず一族のために愛してもいない男と夫婦になったけれど、氷雨という最高の息子を得たわ。それだけは感謝してる」
「…氷麗…俺の息子は雪男を離さないぞ」
「あら、そう思う?そうね…それも美しいけれど、私はあの子にこれ以上傷ついてほしくないの」
すっと手を離した氷麗が客間を出て行く。
ーー話が想像以上に進んでいる。
その事実に十六夜は頭を悩ませ、重たい腰を上げて雪男の元へ向かった。

