眠れない夜を過ごしていた。
焔は朔の怒りを買ったことで雲隠れし、事情を知らない銀はいつも通り屋敷を守っているが苛立ちは隠せず、尻尾で縁側の板を壊しそうなほどに叩いていた。
「お、まだ起きてたのか」
早朝雪男は百鬼夜行から戻ると水を浴び、番傘を手にまたどこかへ出かける様子だったので、縁側に座っていた朧は雪男を見上げて小さく笑った。
「眠れなくて…」
「夏ばてかもな、気をつけろよ」
草履を履いて庭の花を見ながら大きく伸びをしている雪男のしなやかな身体の線が着物越しにはっきり見える。
こちらから話しかけていいものか悩んだが、少しでも視界に入っていたいし、入れていたい気持ちが大きく、雪男につけられた胸の痣を着物の上から握り締めた。
雪男はそれをちらりと流し見して番傘を開くと、小さく小さく呟いた。
「…俺にもまだある」
「お師匠様…」
ーーあの真っ青な目で私を見てほしいーー
朧が腰を浮かすと居間から氷麗が現れて、朧と目が合うなり足を止めて佇む。
「お母様…」
「私はあなたの母ではありませんよ」
義母となるはずだった氷麗が冷たく言い放つと、朧は唇を噛み締めて俯いた。
「母さん、行くぞ」
「あなたは玄関で待っていて」
少し雪男が心配そうに朧を見たが玄関の方へ行くと、氷麗は朧の隣に座って静かに諭した。
「一度愛した者の手を離せるのが人なのですね」
「…っ、ち、違います、お母様…」
「私たち妖は一度でも想いが通えば永遠に愛する生き物なのです。私の息子は…今まで生きて来た中で二度、愛を得ようとしました」
息を飲む朧は、何度も自分も同じだと心で叫びながら首を振るがーー氷麗の目は氷のように冷たく、ゆっくり立ち上がった。
「ですがその想いも叶わず…。ふふ、私と似ているのねあの子は」
「私の…私の話を聞いて下さい。どうか…!」
「いえ結構ですわ。朧様…私は息子を傷つけたあなたを許さない」
氷麗の周囲を冷気が舞い、肌を刺すような痛みにもめげず、朧が手を伸ばす。
「お母様…!」
「…今度そう呼ぶのは許しませんよ。朧様、どうぞあの九尾の半妖とお幸せに。もうお会いすることはないでしょう」
断固拒否の姿勢で玄関に向かった氷麗を追いかけることができなかった。
ぺたんと座り込んだ朧は、己の仕出かした罪の大きさに震えてただただ、声を押し殺してうずくまった。
焔は朔の怒りを買ったことで雲隠れし、事情を知らない銀はいつも通り屋敷を守っているが苛立ちは隠せず、尻尾で縁側の板を壊しそうなほどに叩いていた。
「お、まだ起きてたのか」
早朝雪男は百鬼夜行から戻ると水を浴び、番傘を手にまたどこかへ出かける様子だったので、縁側に座っていた朧は雪男を見上げて小さく笑った。
「眠れなくて…」
「夏ばてかもな、気をつけろよ」
草履を履いて庭の花を見ながら大きく伸びをしている雪男のしなやかな身体の線が着物越しにはっきり見える。
こちらから話しかけていいものか悩んだが、少しでも視界に入っていたいし、入れていたい気持ちが大きく、雪男につけられた胸の痣を着物の上から握り締めた。
雪男はそれをちらりと流し見して番傘を開くと、小さく小さく呟いた。
「…俺にもまだある」
「お師匠様…」
ーーあの真っ青な目で私を見てほしいーー
朧が腰を浮かすと居間から氷麗が現れて、朧と目が合うなり足を止めて佇む。
「お母様…」
「私はあなたの母ではありませんよ」
義母となるはずだった氷麗が冷たく言い放つと、朧は唇を噛み締めて俯いた。
「母さん、行くぞ」
「あなたは玄関で待っていて」
少し雪男が心配そうに朧を見たが玄関の方へ行くと、氷麗は朧の隣に座って静かに諭した。
「一度愛した者の手を離せるのが人なのですね」
「…っ、ち、違います、お母様…」
「私たち妖は一度でも想いが通えば永遠に愛する生き物なのです。私の息子は…今まで生きて来た中で二度、愛を得ようとしました」
息を飲む朧は、何度も自分も同じだと心で叫びながら首を振るがーー氷麗の目は氷のように冷たく、ゆっくり立ち上がった。
「ですがその想いも叶わず…。ふふ、私と似ているのねあの子は」
「私の…私の話を聞いて下さい。どうか…!」
「いえ結構ですわ。朧様…私は息子を傷つけたあなたを許さない」
氷麗の周囲を冷気が舞い、肌を刺すような痛みにもめげず、朧が手を伸ばす。
「お母様…!」
「…今度そう呼ぶのは許しませんよ。朧様、どうぞあの九尾の半妖とお幸せに。もうお会いすることはないでしょう」
断固拒否の姿勢で玄関に向かった氷麗を追いかけることができなかった。
ぺたんと座り込んだ朧は、己の仕出かした罪の大きさに震えてただただ、声を押し殺してうずくまった。

