化粧道具は持っていない。
鏡台もなく、紅のひとつも持っていなかった朧にとって化粧は必要のないものだった。
・・・今までは。
「朧ちゃん」
「あ、母様」
いつもは玄関で声をかける母の息吹は、朔から借りた本を自室で呼んでいた朧にそう声をかけた。
相変わらずきれいな母ーーだが朧にとっては恋の好敵手であり、母が来訪したことで舞い上がるであろう雪男の態度を想像してむっつりした。
「どうしたの?」
「そろそろ必要だと思って持ってきたよ」
「何を?」
素っ気ない態度の朧が背中を向けたまま問うと、息吹は頓着なく隣に座って巾着袋を朧の膝に置いた。
「開けてみて」
「うん。・・・・・・わあ・・・」
中から出てきたのは、紅と筆、白粉ーー化粧道具だ。
朔目当ての女たちを観察してきたが、化粧自体はまだしたことがなく、まん丸な目で息吹を見上げた。
「欲しかったでしょ?私が教えてあげたいんだけど、そろそろ雪ちゃんに気付かれちゃうから帰るね」
「母様っ」
勝手に好敵手扱いして素っ気なくしてきたのに終始にこにこしている息吹に抱きついた朧は、蚊の鳴くような小さな声で今までの無礼を詫びた。
「ごめんなさい・・・」
「え、何を謝ってるの?ねえ朧ちゃん、お化粧の仕方教えてあげるから近いうち遊びに来て。父様も楽しみにしてるよ」
「はいっ」
いい匂いのする母ーー
巾着袋を胸に抱きしめた朧は、一緒に入っていた手鏡を何度も覗き込んでその日を夢見て満面の笑みを浮かべた。
鏡台もなく、紅のひとつも持っていなかった朧にとって化粧は必要のないものだった。
・・・今までは。
「朧ちゃん」
「あ、母様」
いつもは玄関で声をかける母の息吹は、朔から借りた本を自室で呼んでいた朧にそう声をかけた。
相変わらずきれいな母ーーだが朧にとっては恋の好敵手であり、母が来訪したことで舞い上がるであろう雪男の態度を想像してむっつりした。
「どうしたの?」
「そろそろ必要だと思って持ってきたよ」
「何を?」
素っ気ない態度の朧が背中を向けたまま問うと、息吹は頓着なく隣に座って巾着袋を朧の膝に置いた。
「開けてみて」
「うん。・・・・・・わあ・・・」
中から出てきたのは、紅と筆、白粉ーー化粧道具だ。
朔目当ての女たちを観察してきたが、化粧自体はまだしたことがなく、まん丸な目で息吹を見上げた。
「欲しかったでしょ?私が教えてあげたいんだけど、そろそろ雪ちゃんに気付かれちゃうから帰るね」
「母様っ」
勝手に好敵手扱いして素っ気なくしてきたのに終始にこにこしている息吹に抱きついた朧は、蚊の鳴くような小さな声で今までの無礼を詫びた。
「ごめんなさい・・・」
「え、何を謝ってるの?ねえ朧ちゃん、お化粧の仕方教えてあげるから近いうち遊びに来て。父様も楽しみにしてるよ」
「はいっ」
いい匂いのする母ーー
巾着袋を胸に抱きしめた朧は、一緒に入っていた手鏡を何度も覗き込んでその日を夢見て満面の笑みを浮かべた。

