主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

その夜、晴明は道長を呼び出した。

やけに真剣な表情の晴明を見た瞬間、胸騒ぎがした道長は、刀を脇に置いて静かに座した。


「神妙な面立ちだな」


「帝…一条天皇が息吹を入内させようとしている」


ああやっぱり。

天を仰いだ道長と、唇を引き締めて無表情を装う晴明。

ふたりは互いの盃に酒を満たしたが、それを口に運ばずに見つめ合う。


「お前の式がやって来た時からそんなことじゃないかと思っていた。…あの盆暗が…どうするつもりだ?何か俺にできるか?」


「そなたには芝居をひとつ打ってほしい。…明日私はあの子を町に連れ出し、幽玄町の主をおびき出す」


「なんだと!魑魅魍魎の妖を平安町に入れるわけにはいかんぞ!」


「あれらはいつだって平安町を出入りしている。道長、よく聞いてくれ」


訥々と語れるように、盃を脇に置いた晴明は、道長の怒り顔をまっすぐ見つめて、道長の右手首を握った。


「あの幽玄町の主に力になってもらう。だが息吹は幽玄町にも戻さぬし、ましてや入内など以ての外だ。最終的には呪詛で殺すことも考えた」


「せ、晴明…お前…」


「だが私は人は殺めぬ。息吹は幽玄町の主に守ってもらうつもりだ。妖憑きの姫を所望はするまい」


道長の顔は、“だがしかし…”という疑問に満ちていた。
晴明は力をーー願いを込めて、右手首を握り続けた。


「妖憑きと噂が立てば嫁の行き手に困ると思っているな?私を何者と思っている?」


「…泣く子も黙る無敵の陰陽師、安部晴明だな」


「帝が諦めれば祓ったと言えばいい。そもそもあの子はまだ恋も知らぬ。人の噂も七十五日と言うだろう」


“だがしかし…”がまた出た。
晴明はこの男の楽観主義を愛し、また面白そうな話には乗ってくることも知っている。


「また幽玄町の主に気に入られても困る故、そなたには息吹に惚れている態を装ってほしいのだ。どうだ、面白そうだろう」


道長の右眉が跳ね上がったのを晴明は見逃さなかった。
これは、是の兆しだ。


「帝も妖も騙そうと言うのか!これだからお前という男は!」


「伸るか反るか、どちらだ?」


「伸るに決まっているだろう!息吹にも知られてはいかんな、いきなり態度が変わって驚くだろうが…ふふふ、面白いぞ!」


ようやく手にした盃が音を立て、ぐいっと飲み干された。


「これは秘密だぞ」


「おうとも、この藤原道長の一世一代の名演技を刮目せよ!」


これだからこの男は。