山姫はその日から晴明を観察し始めた。


大人しく饅頭を頬張っているその様子は上品で、葛の葉が人としての教育をちゃんと教えていたのがわかる。

それにまだ力が定まっていないのか、時々頭上に真っ白な耳が現れたり、お尻に真っ白な尻尾が現れたり…忙しない変化を見せる晴明。

だが晴明が時々ちらちらと膝に視線を遣ってくることに気付いていた山姫は、ぽんぽんと膝を叩いた。


「おいで、甘えん坊。ひどい目に遭ったねえ。あたしの膝に上げさせるのは今日だけだからね」


「どうして」


「あたしは男の精を吸い取って生きる妖。まあここ百年程は主さまの世話に追われてそんな余裕ないけど、うっかりあんたを死なせたら大変だからね」


事情を理解したのかしていないのか――無表情の晴明からは何を考えているのか伝わってこなかったが、人肌が恋しいのかもそっと立ち上がると向かい合わせで膝に上がって抱き着いてきた。


…隣の主さまの部屋は開かずの間。

うっかり襖を開けてしまうと百鬼と言えど殺されることもある。

それを重々晴明に教えなければならなかった山姫は、晴明のさらさらの黒髪を撫でてやりながらもそこだけはくどくどと注意をした。


「隣の主さまの部屋は入っちゃ駄目だよ。主さまはものすごく怖い方だからね。今はあんたに優しくてもすぐ気が変わって放り出されることもあるよ。平安町で独りで暮らしたくないだろ?」


「…うん」


「じゃあ言うことを聴きな。あんたよく見ると汚れてるねえ。よし、あたしが風呂に入れてあげるから脱ぎな」


「一緒に入ってくれる?」


「え?…今日だけだからね。ったく甘えん坊の鼻ったれが」


――この時晴明は両親を一度に失って確かに傷ついてはいたが、主さまと山姫の存在にどれだけ救われたことか――

山姫に手を引かれて風呂場に向かいながらも、立派な大人になったら2人に絶対恩返しをしようと決めて、山姫のやわらかい手をきゅっと握って見上げた。


「ずっとここに居ていい?」


「そうだねえ、主さまから認められるような力の強い妖…半妖にならないとここには住めない。あたしたちがみんなであんたに色々教えてあげるから心配するんじゃないよ」


「うん」


…生前、母からは力の操り方をある程度教えてもらっていた。

今後はそれを生かして、力のある男に成長しなければ。


この美しい女の傍に居るために――