主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

高千穂峰の山頂に降り立った銀は、ここに行き着くまでの間に川で禊をして精神集中をしていた。


妖は人とは違う生き物だが、人よりも神に近い。

九尾の白狐もまた太古から続く血脈で、特に銀の家系は強い白狐同士で血縁を結んできたので、血は色濃く神への呼びかけにいつか反応してくれるかもしれない。


「…神よ、俺が今まで仕出かしてきた罪は償う。頼むから若葉を連れて行かないでくれ。せめて人としての寿命を全うするまでは、連れて行かないでくれ」


山頂には神聖な空気が澄み渡り、ごつごつとした岩の上に座した銀は、背筋を正して瞳を閉じる。

たった1度の呼びかけで応えてくれるとはもちろん思っていない。

せめて若葉が眠っている間はこうして高千穂に通い続けて呼びかけを続けるつもりだ。

そうでもしなければ、居ても立っても居られなくて頭がおかしくなってしまいそうだった。



「ほう、面白い男が来たものだな。気配ですぐにわかったぞ」


「……潭月…。悪さをしに来たんじゃない。違う目的があってやって来た。頼むから邪魔をしないでくれ」


「俺の息子とかつて諍いを起こした男を放っておくと思っているのか?俺も随分と甘く見られたものだな」



銀が瞳を開いて肩越しに振り返ると、そこには腕を組んで愉快そうな顔で見つめてくる主さまの父…潭月の姿が在った。

早々に主さまに代を継がせてから悠々自適の暮らしを送っている潭月は、力が衰えた様子は全くなく、この高千穂を守る生き神のような存在だ。

かつて主さまといざこざを起こした際は傍観していたが、今は――


「甘く見ていない。潭月…俺はお前の息子と同じく人と夫婦になる。…だが息吹とは違って、俺の妻になる女はあと10年そこらで死んでしまうんだ。俺は…それを止めたい。できるだけ長く一緒に居たいんだ。お前にわかるか?…ああその顔はわかっていないな、だったら去ってくれ。集中できない」


「わかっているとも。風の噂で俺の息子が人を娶ると決めた時は、相当に悩んだと聞いていた。お前も同じ運命を辿るか。神に縋ってまでも?」


主さまが壮年に入れば潭月とうり二つになるであろうという容姿の潭月は、しばらく銀を見つめた後ふいっと視線を逸らして背を向けた。


「やってみるがいい。お前の願いが届くならば、面白いことが起きるだろう。またからかいに来る」


瞬時にして潭月が姿を消すと、銀はまた瞳を閉じて、神聖なる大地に意識を集中した。

この願いが届くまで、やめるつもりはない。

若葉をもう手放さない――