主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※

晴明の肩を揉んだり櫛で髪を梳いてやったり――

とにかく晴明の傍に居たいのか、ちょろちょろと動き回っては楽しそうにしている息吹を見ると腹が立ってきて、百鬼夜行の前にはあまり飲まない酒に手を伸ばした主さまは、それを息吹に目敏く見つかって諭された。


「みんなから怒られるから飲まない方がいいよ」


「…飲まずにいられるか」


「どうして?百鬼夜行が終わってからなら私が晩酌してあげるよ?」


「…息吹の阿呆」


やきもちを妬いていることに全く気付いてくれない息吹を睨むと、髪を梳いてもらっていた晴明がたまらず噴き出して主さまの肩に扇子を投げつけた。


「そなたは童子か」


「うるさい。俺のものなのに何故さもお前のものみたいになっているんだ?息吹…お前も嬉しそうにするな!」


主さまに怒鳴られてびくっとなった息吹が晴明の背中に隠れると、はっとした主さまはがりがりと髪をかき上げて荒々しく腰を上げた。


「ぬ、主さま…」


「…もう行く。戻って来る時は晴明に送ってもらえ」


「主さま…」


――晴明に会えた嬉しさでつい有頂天になった結果、主さまに声を荒げて怒られてしまった息吹は、ほろほろと涙を零して丸くなった。


「ごめんなさい、主さま…!ごめんね、だから…怒らないで…!」


「…怒ってない」


「嘘!私…父様とゆっくりできて嬉しかったの。主さまはいっつも朝まで帰って来ないし…私寂しかったの…」


…夫婦になる時に覚悟をしていたことだ。

実際主さまは男の子が生まれるまでは毎日百鬼夜行を続けなければならないし、疲れて帰ってくる主さまと一緒に居られる時間は限りなく少ない。


だがそれをいざ口に出して言ってしまうと、堰き止めていた気持ちが一気に溢れ出してしまって嗚咽が止まらなくなり、晴明から背中を撫でられた息吹は、俯いている視界に入った脚を見て顔を上げた。


「息吹…すまなかった。お前を怒鳴るつもりじゃ…」


「…ううん、私が悪いの。我慢しなきゃいけないのにできなくてごめんなさい。主さま…行ってらっしゃい。明日は私、自分で帰れるから。…また仲良くしてね?」


「…ああ。…じゃあ行く」


後ろ髪引かれる思いでなんとか気持ちを切り替えて空を駆け上がって行った主さまの背中を見送っていた息吹は、鼻にちり紙をあてられて思いきりちーんと鼻を噛んだ。


「今のがはじめての夫婦喧嘩なのかい?可愛いねえ」


「主さま…怖かった…。もう私絶対主さまと喧嘩しません。父様…今日は一緒に寝て」


「いいとも。やはりあんな偏屈で短気な男と夫婦にさせるのではなかったかな」


ぽつりと呟いた晴明は、息吹と手を繋いで自室へと移動した。