ジューンブライド・パンチ

 本人談と友達談だけれど、実は彼は、特定のひとがいてもいなくても、結婚なんかしなくて良いと思っていたらしい。むしろ、したくなかったらしい。いつ、その考えが変わったのだろうか。

「老後の面倒を見てください!」

「俺の介護をしてください!」

 あの、年齢的にわたしのほうが先に年老いていくんだよ。それわかって言っているのかな?

 東日本大震災で、彼がひとり暮らしをしていたマンションが全壊。立入禁止になった。津波で流れてきた缶詰を仲間と拾って、食いつないでいた。川で体を洗っていた。苦労話をいろいろ聞かせられたけれど、全然不幸そうじゃなく、楽しんでなくちゃ、やってられないと言って。

 このひとだったら、なんだか、どこでも生きて行けそうだなって思った。
 わたしの好きなタイプは「簡単に死ななそうなひと」だったし。

 震災のあと、東北地方を台風が直撃。地盤沈下のせいで、わたしの実家が床上浸水してしまい、それの片付けに連れて行ったのが「家族への紹介」になった。

 結婚式1ヶ月前に、彼の、入院中のお祖母さんが亡くなった。
 お葬式で、辛すぎて骨壷持ったまま、泣きながら斎場の外に行ってしまったね。カズミの涙と鼻水を拭きながら、ここでわたしは泣かないって思った。

 いろいろなことが思い出され、式は進んでいく。
 準備、大変だったね。苦労したね。

 式の準備が佳境にはいったとき、大事なことを思い出した。

「結婚指輪!」

 そう。指輪を作るのを、忘れていたのだ。
 駆け込みでジュエリーショップに行き、選んだ。しかし「このデザインは、海外での製作になるので、お式前日の受渡になります」と言われて、白目になった。ギリギリすぎる。
 彼、そしてうちのお父さんが同じこと言ったことにびっくりした。「売ってあるの、買うんじゃないの?」って。なにを言っているのか。いろんな人が試着ではめまくった指輪を、結婚指輪として一生つけるなんて、あり得ない。
 こんなにバタバタ選ぶものじゃないね。もうちょっとゆっくり選びたかったかな。

 その指輪が目の前にある。
 アパートで、指輪交換の練習をした。そんな練習をするなんて、子供じみているね。
 青いバラのリングピローの上に、シルバーのリングがふたつ。このリングピローも、手作りした。実は、裁縫が苦手だから、裏側はちょっと見せられない出来になっている。

 指輪交換も失敗すること無く終了。むくんで入らないということもなかった。
 カズミの指輪は、わたしの親指でもゆるゆるだ。太いものでとても重い。なにこれタイヤのボルトかよ。

 スタッフに教わった「こうした方が、花嫁がより美しく見えます」という技の数々。いくつかやり忘れた。どんどん余裕が無くなっていく。