イノリは今の苗字が『大澤』で、義父の『加賀』に戻りたがってるんだよね。
で、加賀父を探してる。

しかし、あたしの知ってるのは、『大澤 祈』だ。
これからイノリと一緒に加賀父を探しても、結局イノリは義父ではなく実父と暮らすことになるってことだ。
イノリの今の行動は、全く報われないことになるんではないだろうか。

じゃあイノリを宥めて大澤の家に帰せばいいのかなー。
そこにあたしに会いたがっているという人物がいる、とか。

うん、未来の状況から察するに、その確率のほうが高い気がする。


でも。でも、だ。
くう、と下唇を強く噛んだ。


あたし、『母を訪ねて三千里』大好きなんです!!
ああいう人情派アニメ、すっごく好きなんです。
ちなみになんでこんな古いアニメを知っているかというと、幸子がDVDを持っているからです。

幸子は某食品会社名作劇場の熱烈ファンなのだ。

母(イノリの場合は義父だが)を探して奔走する少年って。
涙が勝手に溢れてくるじゃん。

ああ、ダメ。こんなのに弱いんだってば、あたし。

その上、この子のかわいらしさといったら、どうだい?
将来の姿が大澤(いや、あいつも綺麗だけど)だとしても、問題なし。
助けずしてどうするよ。人としてさ!

って、なんだかんだは置いておいて。
この少年の思いを、あたしの勝手な事情で踏みにじっちゃいけない気がする。
6歳児の覚悟でここにいるんだもんな。


「よし、イノリ!」

「な、なに」


急に声を上げたあたしに、お菓子を齧っていたイノリがびくりとした。


「家に帰れとかそういうのはぼく」

「あんたのお父さん、一緒に探しに行くよ」

「え?」

「あたしも一緒に行く。一人でも多いほうがマシでしょ?」


イノリを加賀父に会わせてから、大澤父に会えばいい。
この子の希望を叶えてからでもきっと遅くない。

イノリが大きな瞳を一層見開いた。


「いい、の?」

「うん。まあ、あたしがいたからって会えるかどうかわかんないけどさ」

「ううん、ありが、と……」


ぶんぶんと首を振ったかと思えば、ぼろぼろと涙が溢れた。
どどどどうして泣くのよ、と焦ったあたしに、イノリはお菓子の箱を放って抱きついてきた。


「ありがと、ミャオ。ぼく、ぼく本当は一人でこわかったんだ……っ」


腰に回された腕に、ぎゅうと力が篭る。
なんだ、震えてるじゃないか。

そっか。不安だったんだ、こいつ。
いや、そりゃそうか。当たり前だ。
あたしの子どものころを思い返しても、大人から離れて1人、なんて怖くて堪らなかったもんね。
迷子になったときの恐怖は、今でも覚えてるしな。