案の定、じいさんはへっと鼻で笑った。


「未来って急に言われてもなあ。試しになんか先の話でもしてもらわんとのう」


ですよねー。


「未来の話、ですか……」


加賀父が困ったように頭を掻きながらあたしを見る。
いきなり先の話をしろ、なんて言われても、これ! って言えないですけども……。
偽造紙幣と思われるだけかもしれないが、野口英世の千円札でも持ってきましょうか。


「あ」

「あ?」


加賀父がにこりと笑った。
はて、名案でも浮かんだんだろうか。


「先生、名奉行鳴沢右衛門之介シリーズ、お好きでしたね?」

「お? おう、愛読書だが、それがどうした」


なんと。
このじいさんも護衛隊とな。

ああ、鳴沢様ってやっぱり素敵。
お姿はなくとも、あたしを救ってくださるのね。


「美弥緒ちゃん。今、原作は『花筏(はないかだ)』が最新作なんだけど、その後の出版作のタイトルは?」


はい、超得意な問題です。つーか、簡単すぎらあ。


「『筒井筒の恋』に『氷点』、『春日の誓約』です。まだありますけど、全部言いましょうか」

「ふん、そんなの適当に言ってても答えはわからねえ」


じいさんがつん、と顔を背けた。


「それもそうか……。うーん、何がいいかなあ」

「えーと、えーと。あ、そうだ!
今2003年の7月ですよね。今年の秋、ええと確か9月、だったかな? 三代目鳴沢様役の東谷さんが事故にあって入院します」

「え、ほんと?」


加賀父が驚いた。


「東谷さんってバイクでツーリングがご趣味なんですよね。
それで、どこか場所は忘れたんですけど、バイクで転倒事故を起こして入院するんです。
足だか肋骨だかを折って、今年1年は活動できなかったはず。
鳴沢シリーズも中止せざるを得なくて、撮影終了分まで放映したあとは、約1年間休止してたんです」


代役という話がなかったわけではないが、東谷さんの鳴沢様をいたくお気に召していた原作者の深作栄蔵さんが、それを頑として認めなかったのだ。


「バイクだと? ふん、そんな話聞いたことがない」

「いや、先生。彼女の言うことは正しいかもしれませんよ。
東谷さんは確かにバイクが趣味なんだ。金吾役でご一緒したときにそんな話をされていて、意外だなと思ったから間違いない」


事故後はメディアでバイク好きを公言し、今では有名な話なのだが、このときはまだ誰も知らないはずなのだ。


「本当の話か。一心」