「あっ」


体が硬直して動かなくなった。
風も波の音も全て消えた。
あたしの目の前にボートが現れている。
いつもわざと前は見ていない。
こうやって、何か起きる事を期待しているから。


このボートはそう。あの日見たのと同じ。
忘れるはずない。
端に海堂グループのマークが描いてある。
詰めが甘い。
分かりやすい。
心臓は生まれてこのかた味わった事のない速さで打っている。


そうだよね?
そうだよね?
来てくれたんだよね?
でも怖くて足が動かない。
ただ置いてあるだけかもしれない。
その可能性の方が高い。
違った場合を考えて、心に叩き込む。


ただのボートだよ。
誰も乗ってないよ。
そんな訳ないって。
ドラマじゃあるまいし。
傷付くから期待しちゃいけない。
期待するな。
期待するな。
期待するな。


震える足を少しずつ動かした。