~優しい香り~


「ちょっと出てくる。二人で話し合え」

オーナーは秋穂の肩にそっと手を置くと、ドアの方へと促した。
納得の行かない顔をしていた秋穂は、しぶしぶという感じで出て行く。
少し背中を反り気味に、顔はドアが閉まるまでこちらを見ていた。


「ふぅ。やっと行った。秋穂がいるとややこしいんだよ。あっ、紅茶淹れるね。アールグレイ」


アールグレイはあたしの大好きな紅茶。
濃いオレンジ色がカップに映えて、柑橘系のベルガモットの香りが心を落ち着かせて行く。
あたしは何も言わず、ただじっと座って待つ事にした。
大して広くはない店内に、しぃの動く音だけがする。
音楽が流れていなくても何となく落ち着く。
こんな空間をあたしは作りたかったんだ。


「お待たせしました」


しぃの少し日焼けした手が、サッと伸びてスッと引っ込んだ。
カップの中で濃いオレンジ色が揺れている。


「ありがとう」


言った瞬間、ポトッと涙が落ちた。
もう、全部終わるのかもしれない。
人魚姫は真実がバレたら生きていられない。
もう、そこにはいられない。
そうだったよね。しぃ。