「しぃ?しぃ?」


ほんのちょっと、胸がざわっとした。
それは勢いよくドアを開けた時に風の香りが変わったからかもしれないし、単なる気のせいだと思いたかった。


朝の空はまだ自分の近くに感じる。
夜の空が自分に寄り添っていると感じるのはあたしだけかな。
陽が上って行くとともに、どんどん空が遠くなる。
眩しくて、手が届かない。
しぃは………真昼の空に似てる。
明るくて眩しくて、真っ直ぐ。
しぃには嘘とか騙すとか、そんな汚いとこが見当たらない。
記憶を失ってるからかもしれないけど、たまにはあんな風に気持ちに正直になってみたい。
そしたらもっと楽に生きられるかな。
って、結構、今でも楽に生きてるあたしが言うのはおかしいよね。


「しぃ?」


ちょいちょい坂道を転がりそうになりながら駆け降りて行く。
どこに行った?
どうしてあたしの側にいないの?
勝手な怒りと不安な気持ちがこみ上げて来る。
まさか記憶が戻った?
あの綺麗な人が迎えに来た?
海風が頬を打つから、少し涙が出た。