母子受難



兄は高校を出ると、特別な奨学金を受けて立派な大学へ入り、有名企業を経て独立し、30代の内にやり手の青年実業家となった。

母が言うには、父はとても頭のいい人であったらしいから、兄の活躍は遺伝子をもってすれば当然の事であるらしかった。
それなので年頃になった私に、母は、誇らしげな顔でこう言ってのけた。

「康子、あなたはお兄ちゃんみたいな人と結婚しなければ、駄目よ。女の幸せはね、男の人に幸せにしてもらう事なのよ」

けれども私はそれに適当に頷きながら、
『あんな風になってしまっては、駄目だ』
と言う兄の言葉を繰り返し思い出していた。
呪文の様なこの兄の言葉は、幾度となく私を励まし、そうして支えてくれた。


私は、大学へ行って勉強をしたいと母に訴えたけれども、兄への教育費は一切ケチらず実家にせびっていた母でも、私への大学費用は一切出さないと言った。

「康子、それよりもあなたは早くお金のある人と結婚をして、母さんを安心させてちょうだい」

そう言う母の言葉には、何か裏がある様な気がして私は恐ろしかった。