もちろんそんな私でも、無条件に母の愛情を求めた時期もあった。
けれども幼い頃の記憶の中で、母は、いつも兄だけのものだった。
父が家を出たのは、私が三つになる頃であっただろうか。
それなので私には、ほとんど父の記憶がない。
私の記憶は、父が出て行って半分気違いになってしまった母の、恐ろしい形相から始まっている。
母は奇声を上げながら、まだ幼かった兄の手を取り、私一人を家に残して父を探すために毎日街へ出た。
母が兄を連れて、どこで何をしながら、どう父を探していたのかはわからない。
ただ、あの母の事なのだから、父に生き写しである兄を連れて行く事で、何か手掛かりが見つかるかもしれないという、浅はかで根拠のない期待に捕らわれていたに違いなかった。
兄が幼い頃から母に辟易していたのには、ただ小さい自分の身体を疲労させるだけの、母の無能さを目の当たりにしていたからかもしれない。

