「お館様への報告はこの私めが致します。姫、淀殿が……」
「はい、秀頼さまには迷惑はかけられませんわ」
そう言って千は男へと振り返った。
千の瞼が開くと男は目が合い、恐縮したように肩膝で立ち頭を下げる。
「わたくしを大坂城から出してくれてありがとう、桔平(きっぺい)」
「いえ、私は……」
「これはお祖父さまに頼まれた、わたくしにしかできない事。それがお義母さまに罰せられることになっても」
ごめんなさい、重初様。
貴方の瞳はわたくしを信じた目だった。
わたくしを信じて髪を撫でてくれた。
千は自らの胸に両手を添える。
「千姫様…」
もう一度、桔平は彼女を呼ぶ。
「……あの男が雑賀一族の当主、雑賀孫市重初でしょう。背中の八咫烏の家紋が何よりの証拠。これを我が祖父、徳川家康に……」
「御意。けれど姫は……」
「大丈夫。……ほら」
千は先を指差して笑う。
しかしその笑顔はこれから起こるであろう罰に恐れをなしてか、どこか儚げに微笑んだ。
その辛そうな顔を救うことができないもどかさを桔平は土を掴み、握りしめることでしか隠せない。
後ろを振り返らずとも誰が走ってくるのかはすぐ分かる。


