「千と申します」
「せん?」
「千代の千でございます」
「ふむ……」
とりあえず、女の素性はだいたい把握できた。
まずこの艶やかな髪や着ている上質か着物は高貴な女に違いなかった。
そしてそれを決定的なものにしたのは名だ。
この時代、女というのは名によってその位の位置がわかる。
真名で付けられた女はとりわけ高い身分の者だ。
おそらく、どこかの姫君であろう。
さて、その姫がどうしてこんなところにいるのか…──
「あの…」
「ん、何だ」
千は躊躇うように地面と重初の顔を見比べながら、小さく言った。
「あの、お名前を…」
自分が名乗ったのだから、という意味なのだろう。
何とも控え目な姫だと感じながら、重初は腰に手をあてる。
「俺は重初って言うんだ」
「重初、様…」
ここで『雑賀孫市』という名は絶対に名乗らない。
少しでも政治に関している姫であれば雑賀の名を知らないわけがない。
しかもこの目の前の女が徳川方の家のものならなおさら言うわけにはいかない。
関ヶ原が起こったこのご時世、西軍についた家はみな逆賊扱いだ。
むやみやたらに名を名乗って滅ぼされでもしたら、先祖に顔向けできない。


