ただ、岩原が俺を首にしないのは分かっていた。


 慣れているからである。


 岩原の公設秘書の蔵橋(くらはし)からも頼まれているのだ。


「先生を送り迎えして差し上げなさい。決して失礼のないようにな」と。


 俺もそういった言葉を聞くたびに、仕方ないなと思っていた。


 岩原はさすがに世襲政治家で、相当な額の金を持っている。


 侮れない。


 父の宗二の時代から、一家は政治家だった。


 三十五歳で初当選するのは、今でこそ珍しくないのだが、昔は物珍しかったのである。


 岩原も当時の中堅や若手の間ではホープ的存在で、ずっと新民党の党務の方をやっていた。


 キャリアを積んでも閣僚として入閣することはなく、党の方の仕事を続けている。


 俺も知っていた。