奥方の表情は、すっかり変わってしまった。

憎々しさに満ち、釣り上がった目が鬼女のようだ。

すさまじい表情で奥方は叫ぶ。


「わらわが・・・わらわが永守様の妻じゃ! 妻なのじゃ!」

ダンダン!と力任せに畳を踏み鳴らす。

まるで駄々っ子のようだ。


「なのに・・・なのにあの女が! お前の生母が!」



永守様と初めて出会った日・・・


永守様は、微笑んでおられた。


わらわに向かって笑顔を向けていた。


まっすぐに伸びた背筋。

曇りの無い穏やかな目。

少しだけ赤く染まった頬。

柔らかに微笑む唇。


誰かに笑顔を向けられたのは、その日が生まれて初めてだった。

わらわに向けられる笑顔など、今まで一度も・・・。


鼓動が驚くほどに速まった。

全身が火照る。

これは・・・これはいったい何じゃ?

なぜわらわはこのような・・・?


うろたえた。

慌てて無表情の仮面を被って動揺を隠す。

神の母たる女が、うろたえた姿をさらすなど許されぬ。


『華子、そう緊張しなくても良いのだよ?』

ふわりと、永守様がお声を下された。

静かで温かなお声だった。