神様修行はじめます! 其の二

落ち着かない様子のお兄さんを見ているあたしの耳に、場違いに静かな声が聞こえた。

「永継よ・・・」


声の方向を目で辿る。

奥方・・・。

いつの間にかすっかりと落ち着き、無表情を取り戻している。

奥方が、黒紫の煙が消えかかった我が子に語りかける。


「永継よ、忘れるでないぞ」

「・・・・・」

「永久は・・・お前の弟は、お前から全てを奪ったのじゃぞ」

「・・・・・」

「その事実を、しかと心に留めよ。弟にだまされるでない」


お兄さんの両目の空洞の奥に、鈍い光が戻る。

ほの暗い情念の光が。

その目があたし達を捕らえた。


奥方! あんたは、この期に及んでまだそんな・・・!


どうしようもない憤りと、虚しい気持ちが心の中で交じり合う。

たぶん、奥方が目を覚ます事は無いんだろう。

この人にとっては、こうする事が人生の、自分の存在の全てなんだろう。

それ以外に、この人は自分が生きている事を実感できないんだ。


長い長い時間をかければ、いつかその苦しみから解放されるかもしれないけれど。

でも、もう・・・。


お兄さんの全身から、再び黒紫の煙が立ち昇る。

一歩、こちらに向かって踏み出した。

それを見て奥方の無表情の口元が緩む。


奥方の笑ってる姿を見て、むかぁ!っと腹が立った!

ちょっと同情してやったら図に乗って!

調子に乗ってるんじゃないわよ! あんたを許すつもりは無いんだからね!