男のまわりには血が広がっていた。
そしてウルーの口もとにも血がしたたっていた。
ツキはその光景をぼんやりと、動けずに見た。
そうしているうちにウルーがこっちを振り向いた。
やはり口は血に染まっている。
白銀の毛にも点々と血が飛び散っている。
いつものウルーからは想像できない姿だ。
そう、優しくて穏やかなウルーからは。
ウルーはツキを見据えてもう一度言う。
『逃げろ』
静かな闇の中に、ウルーの漆黒の瞳が光る。
たし…たし…たし…
ウルーがツキの目の前まで、歩いてきた。
そして。
「きゃ…」
ツキは悲鳴をあげた。
ウルーが前足を振りかざしたからだ。
ウルーはそのままツキを、どん、と押した。
ツキの体はころころ転がって、壁にぶつかった。
『お願いだ、逃げてくれ』
そういうとウルーは前を向いた。
ツキは痛む体を無理矢理おこして、壁をつかって立ち上がった。
そしてウルーの見据える方向を見た。
『いい加減にしてくださいな』
頭に響くような声が、聞こえた。
その声にツキは反射的に後ずさる。
(あの白猫の声…!)
その声と同時にウルーが唸る。
『それはこっちのセリフだ』
ウルーの声はさっきより一段と、低く、地に這うような声だ。
怒りが滲み出たその声が響いた。
しばらくすると、すぅっと闇から溶けでるように白猫が現れた。
そして不服そうに言う。
『どうやってココへ来たんですか?』
『普通に、だが?』
そのウルーの返答に、白猫の琥珀色の目が、ぐっと細められる。

